ごろごろ、ごろごろ。

どうにもこうにも寝付けずに何度も何度も寝返りを打つ。
寝るってどんなんだったけ、いつもどうやって寝てたっけ、なんて考えながらごろごろしてたら、シングルベッドの端ギリギリまで来ていてあともう少しで下に落ちそうだった。けれども、勢いを止めることなくもう半回転。すると、身体を支えるものがなくなり、身体は引力にひかれて床に落っこちた。
「うげっ」
床に落ちた身体の下からヒキガエルのような声がする。それもそうだろう。正確に言えば、床に落ちたのではなく、さっきまで陣取っていたベッドの持ち主で、更に付け加えれば、この家の家主だ。…賃貸だけど。
「…てめぇ」
あまりにも酷い起こされ方をされたのを差し引いても、やたらと低い―まるで地を這うような―声が後頭部の方から聞こえてきた。
「悪気はないんだよ」
とっさに出た言い訳に問答無用とばかりに、わき腹に軽く一発を入れられる。
痛い、痛いから!
寝起きとはいえ、やはり空手家の一発は意味なく重い。
ごめんなさい、今のは俺が悪いんです。
けど謝ったりは決してしない。絶対にしないッ。…だって痛かったもん。
痛むわき腹をさすりながら何をするわけでもなく、身体をぐったりと男に預ける。重い一発にちょっとした趣旨返し。だが、鬱陶しいとあっさりと撥ね除けられた。けれども負けじともう一度乗る。というより、覆いかぶさる。ずっしりと体重をかけてやると心底面倒くさそうに、なんだよ、と溜息を吐かれた。
「眠れないの」
「…で」
「わぁ、冷たーい。マジで、とか心配したりしないわけ」
「んなもん、俺が知るか」
「…心配しろよ、仮にもコイビトだろーが」
「起こされてまでなんで心配しなきゃなんねーんだ。……お前まさかとは思うが、それで俺の上にダイブしたんじゃねーだろーな?」
「その通りです」
「…最低だな」
「よく言えるね、さんざん人の身体を弄んどいてさぁ。おかげで身体の節々が痛くて眠れやしない」
「俺だけががっついたみたいな言い草はやめろ」
「ボクは事実を簡潔に述べただけです」
はぁー、と肺の中の空気を全て吐き出したかのような深い溜息が頭の上から聞こえて、べしっと薄っぺらい蒲団の上に投げ出された。男が勢いよく起き上ったためだ。反町のせいで変に目が覚めちまったじゃねーか、とぶつぶつ呪いのように文句を言いながらものっそい不機嫌なオーラを纏った男は台所へと向かっていった。
少しはしゃぎすぎたかなぁ、と思いつつ体温の残っている蒲団に仰向けで寝っ転がった。
床がフローリングのせいかそれとも薄っぺらい蒲団のせいか、ベッドに比べて幾分か身体が冷える。
乱暴に冷蔵庫の扉を開閉する音が響く。近所迷惑だよー、と天井を見つめながら声をかければ、誰のせいだ、と意外と近くで声が降ってきて。そして踏まれた。
……いくらムカつくからといって踏むことはないだろーが。
むっとして起き上れば、冷えたウーロン茶のペットボトルを頬に押し付けてきた。冷たさに一瞬驚いて、それでも黙ってボトルを受け取ると犬にするように頭をぐしゃぐしゃに撫でる。

どんなにムカつくことがあったとしても、基本的にこの男は甘い。
その証拠に、行為のあとぐったりとした俺にゆっくり休めるようにとベッドを譲って、自分は干したことのなさそーな薄っぺらい蒲団をわざわざ引っ張り出して寝るようなヤツだ。
この行動を甘い以外何と言えばいい?
ベタベタに甘やかして優しくしてくれるのはありがたいんだけど、別々に寝てるせいで寝付けないんだ、と言ったらこの男はどんな表情をするんだろう。

「なぁ」
「何だよ」
「俺もこっちで寝ていい?」
「ああー…じゃあ俺、ベッドで寝るから」
蒲団の方が硬いから身体に負担がかからなくていいかもな、とまったく見当はずれなことを言ってさっさと男はベッドに横になってしまった。
…あれ?、聞こえなかったのかなぁ?、俺『も』って言ったんですけど。『も』って!!
どうやらこの男には一緒に寝たいという思いは、微塵のかけらも伝わらなかったらしい。

4分の3ほど入ったペットボトルをあまりのムカつきに潰さんばかりに握りしめ、
「……この筋肉脳みそが」
と吐き捨てたら、上から強烈な蹴りが降ってきた。

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