花梨
ゆっくりと歩いてきた秋を追い抜いて、冬は駆け足でやって来た。
かさかさと色葉を撫でていた風は、その葉を落とし舞い上げる。
高く遠かった雲も今は低く、弱々しい陽が時折それに埋もれてしまう。
だんだんと冷えていく景色は何故か綺麗な虚無感に包まれているように見えて。
もう何度目になるのだろう。
ただ無性に人恋しくなるこの季節を迎えるのは。
いや、問題なのは人恋しい事ではない。
ただ、貴方だけが。
これから降るであろう雪よりもっと深く静かに。
どれだけ沈めても、沈めても・・・凍らずに、なお鮮やかに。
「なんだか喉を痛めたみたい」
貴方はこの季節が訪れるのと同時にいつもそう呟く。
知ってます、だって毎年・・・。
「ねえ、クリフト。いつものアレ作って」
それは期待にすら近い待ち焦がれた貴方の言葉。
うっすらと霜がかる朝の市に出る。
城に居た頃であれば予め用意できるものも、旅の最中であるとそうはいかない。
時期柄、探し物はすぐ見つかった。
花梨の蜂蜜漬け。
それも蜂蜜はれんげの蜂蜜に限って。
透き通るようなほのかな色合いと、薄くやわらかい香り。
店先に並んだ中でも一段と淡いものを選ぶ。
決して気付かれる事の無い思いを、それでもまだ包み込んで。
「あー、やっぱりコレが一番効くわ!」
れんげの蜂蜜にじっくり漬けた花梨のお湯割り。
立ち上る湯気の向こうの貴方の笑顔が嬉しくて。
「ありがとう、おいしかった!また作ってね!」
はい、姫様。
またお作りします、来年も再来年も、ずっとずっと・・・。
そうこれからもずっと変わることはないだろう。
旅が終わり、無事に城へ戻れたとしても。
貴方は決して気付かない。
花梨に込めた揺らがぬ思い。
レンゲに込めた小さな祈り。
貴方は私の幸せ。
そんなレンゲの蜜をしっかりとその身に宿した花梨。
それは変わることすら有り得ない、たった一つの。
唯一の恋。