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『理想の彼』 ダンッ、とワイングラスが乱暴に置かれ、中身が大きく揺れた。 「どうして男ってああも身勝手なのかしら」 「デリカシーはないし、だらしないし」 「いったい人のことなんだと思ってるのよ」 「男だからって、偉そうに。一人じゃ何にもできやしないくせに」 だらだらと二時間も飲んだところでついに酔いが廻ってきたのか、親友の楓と茜が口々に言った。 私は二人を交互に見た。どちらも頬がほんのりと紅く染まっている。もちろん私も同じように赤くなっているのだろうけれど、たぶん私は、この三人の中ではもっとも素面に近いはずだ。乾杯のビールの後、楓と茜はワインにシフトしたけれど、私はアルコール度数の低いカクテルを飲み続けている。一度こてんぱんにやられてから、ワインはなるべく飲まないようにしているのだった。 「女子会」と称して定期的に開かれているこの飲み会、普段は平和裏に終わることが多いけれど、今日はどうやらそうはいかないらしい。そのとき付き合っている男性のことが話題に上るのは常のことでも、果たしてその内容がのろけか愚痴かによって、傾け合う酒が祝い酒になるかヤケ酒になるかが決まる。今日は完全にヤケ酒のコースだった。 「ねえ、海もそう思わない?」 「え?」 「そうよ。海が彼氏の悪口言ってるところって聞いたことないけど、不満が全然ないわけじゃないでしょ?」 二人から一気に詰め寄られて、私はたじろいだ。なんだか二人とも目が据わってきているように見えるのは気のせいだろうか。 「そ……それはまあ、そうだけど」 ほとんど圧されるようにして答えると、楓と茜はほぼ同時にため息をついてテーブルに突っ伏した。 「どうしたのよ、二人とも」と私は訊いた。「彼とうまくいってないの?」 二人は怒っているというよりも落ち込んでいるように見えた。先に顔を上げたのは楓だった。彼女はせっかくきれいに巻かれた髪に無造作に手を入れ、くしゃくしゃっと揉んだ。 「うまくいってないわけじゃないわ。これはたぶん、マンネリってやつね」 「そう、あたしも」と茜が鋭く反応した。「絶対マンネリよ、これ」 「二人とも、付き合ってそんなに長かった?」 「明日でちょうど半年かしら」と楓が答えた。 「あたしはまだ三か月よ」と茜が続ける。 「それでマンネリなの?」 私は瞬いた。すると楓と茜、二人ともから軽蔑の視線を喰らった。 「海はいいわよね。何年経っても彼氏とラブラブなんだから」 「そうよ。うらやましいわ、ほんと」 「な……わっ、私はべつに」 「『べつに』、何よ。まさか否定するわけじゃないでしょうね」 「できるわけないわよね、そんなこと。遠距離恋愛二年目に突入してもお互い変わらず一途でラブラブだっていうのは、事実なんでしょ?」 「ひ……否定は、しないけど」 語尾にかけて声が掠れる。二人の言葉は確かに否定できないけれど、面と向かって言われると面映ゆい。私はアルコールとは別の意味で赤くなっているであろう顔を隠そうと俯いた。けれどそれがまったくの逆効果で、楓と茜は「付き合っていられない」とばかりにこれ見よがしなため息をついた。 「どうしたら私も、海みたいに彼氏といつまでもラブラブでいられるのかしら」 「魅力に欠けるんじゃない? あたしたち」 「うわ、痛い。でもあり得るわ」 「そんなことないわ」と私は全力で首を振った。「二人とも、とってもすてきな女性よ。親友の私が言うんだから、間違いないわ」 すると楓と茜は互いの顔を見合わせ、はにかんだ。 「ありがと、海」 「海があたしの彼だったらよかったな」 「よしてよ、茜。そしたら私だけのけ者になっちゃうじゃない」 楓の言葉に、私は茜と二人、声をそろえて笑った。そこに楓の笑い声が加わるまでに、そう長い時間はかからなかった。 「それにしても」と私は目尻に滲んだ涙を拭いながら言った。「二人の理想の彼氏って、どんな人なの? 少しでもその理想に近い人を探したら、マンネリにならなくて済むんじゃないかしら」 楓と茜はそれぞれ顎に手を持っていき、「考える人」になった。 「まず、イケメンなのは譲れないわね」と楓は言った。「身長は180センチは欲しいわ。見た目の条件はそれくらいかしら。中身はまあ、優しいけど男らしい人かな」 「あたしは、それに追加で精神的に大人な人」と茜が言った。「あとは夜の相性も大事ね」 「あ、それ忘れてた」と楓が手を叩いた。「確かに、あっちの相性がよくないと長続きしないのよね。できたらキスだけでもとろけちゃうような人がいいんだけど……」 そこまで言って、楓は茜と目を合わせた。そして二人は、どちらともなく盛大に肩を落としてため息をついた。 「「そんな人、どこにもいないのよ」」 「そ、そうね……」 私は頬を引き攣らせて乾いた笑みをこぼした。まさか二人の前で言えるわけがない。「私の彼はあなたたちの理想をすべてクリアしています」なんて。 クレフはかっこいいし、優しいのに男らしいし、当たり前だけど精神的にも大人だ。それに夜の相性も……すごく、いい(たまに激しすぎるのが欠点かな、なんて、口が裂けても言えない)。そっか、クレフは女性の理想をすべて兼ね備えた人なんだ。楓と茜には悪いけど、ちょっと優越感がある。私はひっそりと笑ってカクテルのストローに口をつけた。 そのとき、楓が「ねえ」と吹っ切るように顔を上げた。 「海の彼氏って、どんな人なの?」 「えっ」 その質問には答えられないと思った矢先にこれだ。 「そうよ。海ってあんまり彼の話してくれないわよね。写真とかないの? できればラブラブなツーショット!」 そもそも写真なんてないけれど、仮にあったとしても見せられるわけがない。あの顔と、そしてそこに付随したスペックを知られてしまったら、下手をすればせっかく大学でできた二人の親友を失うことになりかねない。それだけは勘弁してほしい。 でも、いったいどう答えよう? 「ねえ、いいじゃない。教えてよ」 「そうよ、そうよ。減るもんじゃないんだし」 カクテルグラスを持った手が汗ばんでいるのは、どうかグラスの結露のせいだと言ってほしい。 「り……」 「「り?」」 極限のストレスを与えられた私の脳裏に、クレフの悩殺笑顔が浮かんだ。 「理想どおりの彼よ!」 ……完全に、墓穴を掘った。 その後、二人の親友との関係がどうなったのか。それは神のみぞ知る話。 理想の彼 完 |