それは、とある未完の「物語」
([表紙のない物語]/『Vangelo』シリーズ、ヴィルフリート×岬)

白く染まる吐息は凍てつく風に攫われ、
冬の静謐な空気が、大地に。
そして、そこに生きる全ての命に容赦なく襲い来る。
深々と降る雪は街から色を奪い、白く塗り潰していく。
その様子を見つめながら、岬は凍える身体を己の腕で抱きしめた。

「寒いか?」
「えぇ。この寒さには慣れませんね」

微苦笑すらも凍らせる風が吹き抜け、思わず足を止める。
極端に寒さに弱いわけではないが、強いわけでもない。
氷点下になることも珍しくないこの異国の冬の夜に慣れることはないだろう。
内心でそう苦笑を落とす。

「車を呼ぶか?」
「いえ、大丈夫です。それに、景色はとても綺麗ですから」
「こんなもの、この時期なら毎日見られるだろう?」
「それはそうなんですが…」
「日本でもイルミネーションは珍しくなかっただろうが」

木々や家々に電飾が付けられているだけだと言うのに、一体何が良いのか。
そう首を傾げるヴィルフリートに再度苦笑を落とし、ただの口実です、と続ける。

「口実?」
「イルミネーションを理由に、誰かと一緒に歩きたい。ただそれだけのことです」
「…岬も、そうなのか?」
「そうですね。私はいつだってあなたと共に歩きたいと願っています」

同じ速度で、同じ歩幅で、同じ方向へ歩いて行ける存在。
一生を賭しても容易には見つけられないそんな存在を、
見つけることができたのだから、と。
真冬の最中に春の陽だまりを感じさせる穏やかな微笑を浮かべて見せる岬に、
ヴィルフリートは頬を刺す風の冷たさを忘れた。
同じ速度で、同じ歩幅で、同じ方向へと共に歩みたいと希った存在から、
同じように願われているという事実に。
それが奇跡的な事実だと知っているからこそ、尚更に。
心臓が、痛む。

「岬、」

衝動に突き動かされるまま、ヴィルフリートは岬の細い身体を抱き寄せた。
屋外で、それも、路上で。
常であれば、人目のある場所で触れられることを恥ずかしがって拒むというのに。
夜だからなのか、周囲の人間も同じように抱きしめ合っているからのか、
大人しく抱擁を受け入れている岬を深く抱き込む。

「この寒さには慣れませんが、冬は嫌いではありません」
「?」
「こうして、あなたの体温を感じられる。私にとっては、とても幸せなことです」

じんわりと伝わり、やがて共有し合う温もり。
願いも想いも、体温すらも共有し合うことができる存在と出逢えたことが奇蹟でないとしたら、
この世に蔓延る奇蹟は全て偽物だ。

「岬…岬、何故、泣く?」
「多幸感が溢れてしまっただけです」
「そうか。ならば、溢れた分を戻してやらないといけないな」

寒さを口実に触れ合って、
美しいイルミネーションを理由にどちらからともなく唇を重ねる。
どこかで誰かの幸いを祝福するかのように、鐘が鳴った。

心の一番深くてやわらかいところが、あなたに出逢えてよかったと泣いているのです


(お礼小説全2種)

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