君が笑顔でいてくれるなら、俺は自分の気持ちに嘘をつくことだって簡単に出来るんだ。

01.待ち人たちの憂鬱


 よく晴れた日曜日の正午過ぎ。駅前の広場は、家族連れやカップルで溢れかえっている。
 都心へのアクセスが良く便利だという理由もさることながら、2?3年前に大型のショッピングセンターが出来て以来、輪をかけて人が集まるようになった。特にこの駅前の広場は待ち合わせ場所として利用されることが多く、一年を通して人の姿が消える事はない。
 そんな広場の片隅、大人の背丈ほどあるオブジェの前で、蓮は例に漏れず人を待っていた。……そのはずだったのだが。
 
 「……はぁぁぁ…………」
 
 つい先ほど受信したメールは、その待ち合わせの相手である双子の姉からのもの。そこに記載されていたのは『急用が出来たから遅れる』というメッセージ。
 普段から時間にルーズな姉なので、多少の遅刻は覚悟していたのだが、この文面からだと30分以内に現れることはまずないだろう。蓮は思わずため息をこぼした。
 「明日ちょっと付き合ってくれない?」と笑顔で詰め寄られたのが昨夜の事。蓮としてはせっかくの休日なので家の中でのんびりしていたかったのだが、断る理由としては取り合ってもらえなかった。姉は午前中に部活の用事があったため学校に立ち寄ってから街へと向かう事になり、特に用事のない蓮は先に出かけて姉の到着を待つことになった。そして今に至る。ただでさえ人混みの嫌いな蓮にとって、休日の午後という最も人が集まる時間帯にこの場所に留まる事は、苦痛以外の何物でもなかった。
 そんな蓮の傍らで。
 
 「はぁぁ?………」
 
 同じ様に、ため息をこぼす少女が一人。両耳の前にひと房ずつ髪を伸ばしたその少女は、携帯の画面を確認して意気消沈した様子でいる。
 蓮がこの待ち合わせ場所に到着した時、少女は既にこの場にいた。共に人を待ち続けて十数分。その間、少女は何度もため息をこぼしていた。おそらく随分と長い間待っているのだろう。最初はさほど気にならなかったが、こう何度もため息を聞かされると、こちらとしてもあまり気分は良くない。そんな事を思っている間にも少女はまたため息。いい加減我慢の限界だ。
 
 「……あのさ。言いにくいんだけど……それ、どうにかなんない?」
 
 堪え切れなくなって蓮が声をかけると、少女は勢いよく振り返り、いきなり蓮の肩を掴んでまくし立て始めた。
 
 「ちょっと聞いてよ少年!わたしもうここで1時間以上待ってるんだけど、あいつ全然来ない上に連絡もよこさないのよ!酷いと思わない!?」
 「うわ、ちょっ、待ってやめて!俺何もしてないんだけど!!」
 
 怒りながらゆさゆさと肩を揺する少女に蓮が悲鳴を上げると、少女ははっとして蓮の肩を離した。
 
 「ご、ごめん…!つい、カッとなって………」
 「いや、もういいよ……」
 
 やれやれとばかりに答えると、少女は申し訳なさそうな顔でもう一度「ごめん」と呟いた。おそらく、長時間待ち続けた事でうっぷんが溜まっていたのだろう。積もりに積もったそれを、手近な蓮にぶつけてしまったという寸法だろうが、いい迷惑である。少女の方はおろおろと落ち着かない様子なので、蓮としてもこれ以上文句を言う気になれない。二人の間に、微妙な空気が流れる。
 このままでは気まずい。蓮の姉が来るまでまだ時間があり、下手に待ち合わせの場所を変える事も出来ない。少女の方も待ち合わせがあるので、しばらくは移動出来ないだろう。こんな気持ちのままでいつ来るかもわからない人物を待ち続けるのは、お互いの精神衛生上よろしくない。どうせ暇なんだし、時間つぶしに位にはなるさ。そう結論付け、蓮は少女の話を聞くことにした。
 
 「ねぇ、『あいつ』って彼氏かなんか?随分待ってるようだけど……」
 
 突然話しかけてきた蓮に少女はえ、と目を見開いたが、気まずい状況から抜け出す糸口にほっとしたようで、歯切れ悪くも「まぁ、一応ね……」と答えた。
 
 「一応って……」
 「実は、最近ちょっとうまくいってなくて……」
 
 少女の話によると、ここ2カ月程、付き合っている男からの連絡が滞り気味なのだという。メールはほとんど返信しない、会う約束をしてもドタキャンされることが多くなった……などなど。
 
 「それに……なんか最近よく別の女の子と一緒にいるみたいで……」
 
 それって付き合ってるって言えるの?なんて言えるはずもなく、蓮はただ黙って話を聞く事しかできなかった。
 
 「今日もね、久しぶりに出かけようって持ちかけて、ここで待ち合わせる約束したんだけど……さっきからまた連絡つながんなくて」
 
 まいっちゃうよねー、と言いながら無理に笑おうとする少女に、蓮は複雑な気持ちになる。こういった話は苦手だ。下手に慰めると逆効果だろう。そんな蓮の様子に気づいてか、少女は話題の中心を蓮へと移した。
 
 「少年もここで誰かと待ち合わせ?あ、もしかして彼女とか!?」
 「ぶー。相手は姉だよ」
 「お姉ちゃんとデート!そんなことして、恋人に嫉妬されない?」
 「残念ながらフリーなんだよね」
 
 いかにも興味津津、といった感じで聞いてくる少女にそっけなく返すと、少女は「なぁんだ?」とつまらなそうに口をとがらせた。なんだ、思ったよりも元気じゃん。
 
 「でも、姉弟でお出かけかぁ。仲良くっていいね」
 「別に…無理やり連れ出されてるだけなんだけど」
 「それでもちゃんと付き合うってことは、仲良い証拠じゃん」
 
 にやにやと笑いながらそう言ってくる少女に、蓮は恥ずかしさを隠すようにそっぽを向いた。
 その視線の先で。大きな物音と共に、建物の陰から突然一人の少女が飛び出してきた。体中に傷を負っているその少女は、お世辞にも柄がいいとは言えない。のどかな休日の風景にその姿は似つかわしくなく、周囲を歩いていた人々は迷惑そうに、あるいは物珍しそうにその少女に目を向けている。
 少女がこちらを向く。目があったような気がして蓮は身構えた。まるで時が止まってしまったかのように、蓮は身動きをとる事が出来ない。そして。

 「いたぞ!おい、まて!!」

 騒ぎを聞きつけたのか、後方から警官らしき人物が叫びながら駆け寄ってくる。その事に気付いた少女は、走り出して再び物陰へと消えていった。ほんの数分の出来事だった。
 人々はしばらくの間騒然としていたが、自分たちに害が及ばないことが分かると、何事もなかったかのように歩き出す。それを合図に、蓮は張り詰めていた糸が切れたように、息を大きく吐き出した。
 
 「なんだったんだ、あれ……」
 「あぁ、あの子……。最近この辺りよくうろついてるのよね」
 
 ぼんやりと呟いた蓮に、傍らの少女は迷惑そうに答えた。
 
 「ていうか、まさかあれが少年のお姉さんじゃないわよね!?」
 「は?違う違う!姉って言っても双子だし!」
 
 疑わしげな視線を向ける少女に両手を振って否定する蓮だったが、先ほどの少女の姿を見て、蓮も少し引っ掛かるものがあった。
 少女の髪は金色で、瞳の色は青。対して蓮の髪も金色で青の瞳。見た目だけで判断すれば、きょうだいに見えなくもない。そして何より、その少女は蓮の姉とよく似ていた。 正確にいえば、蓮の姉が成長したらあんな姿になるのだろう、というレベルではあったが、それだけでも蓮を驚かせるには十分だった。自分の身近な人によく似ている人物だけにその行方が気になりはしたが、蓮自身にはどうする事も出来ない。
 
 「他人の空似って本当にあるもんなんだなぁ………」
 「へ?何か言った?」
 「何でもない」
 
 これ以上考えても仕方がない。蓮は先ほどの少女の事を頭から振り払った。
 
 「ていうかさ、あんたこのままずっとここで待ってんの?」
 「え……?」
 「約束すっぽかす様なヤツ律義に待つことないじゃん。帰っちゃいなよ」
 「なっ……だって、そんなことしたら……!」
 「あのさぁ、あんたこのまま待ってて本当にその男が来ると思ってんの?」
 「……」
 
 蓮の指摘に、少女はぐっと押し黙る。煮え切らないその様子に、蓮はため息をついて話を続ける。
 
 「即答できない位信じられないんだったら、もう別れちゃいなよ。あんたみたいな人だったらもっといい彼氏見つけられるよ」
 「……っそんな簡単に言わないでよ!少年は恋してないからわからないんだ!」
 「……恋、って呼べるかは分からないけど、俺にだって好きなヤツならいるよ」
 「だったら……!」
 「でも俺のは絶対かなわない恋だから」
 
 声を荒げる少女に蓮が静かに答えると、少女は探るように声をかけた。
 
 「……相手の子に別の好きな子がいるの?」
 「そんな単純だったら苦労しないって。俺のはそもそもそういう感情抱いちゃいけない相手なんだよ」
 
 苦笑して答えると、少女は少し思案し、はっとした表情になって、おずおずと口を開いた。
 
 「えっと……もしかして、その相手って……少年のお姉ちゃん、だったり?」
 「……」
 
 否定も肯定もしない蓮に、少女の顔は引きつる。
 
 「……マジ?」
 「マジ」
 
 真面目な顔をした蓮の返答を聞くと、少女はおろおろと視線をさまよわせ、かけるべき言葉を探すそぶりを見せた。その姿があまりにも真剣で、レンは堪え切れずに笑いだした。
 
 「え?何で笑うの?……あっ!もしかして冗談!?」
 「あはははは!!ごめんごめん、そこまで本気になるとは思わなかった!」
 「年上の女性をからかうなんて、少年のくせに生意気な……!」
 「大丈夫、あんたそんな年上に見えないから」
 「なによぅ!」
 
 蓮と少女はしばらくの間きゃんきゃんと言い争い、そしてどちらともなく笑いだした。
 
 「あぁ?、なんかもうどうでもよくなってきちゃった!いつまでも待ってたっていい事ないし、楽しい事探しに行こうかな」
 「……いいんじゃない」
 「ありがと。少年のおかげで元気出たよ」
 「別に。ただの暇つぶしだし」
 「素直じゃないなぁ。……じゃ、わたしそろそろ行くね。お姉ちゃんとのデート、楽しんでね!」
 
 笑顔で手を振る少女を、蓮は片手をあげて見送る。少女はどこか足取りも軽やかに、人混みの中に姿を消していった。
 
 「………まぁ、冗談ってわけでもないんだけどね」
 
 零れた言葉は、喧噪にかき消されて誰の耳にも入らない。
 自分の心に秘めていた想いを口に出す事が出来たのは、相手が赤の他人だったからか。口にしたところで、その負担が軽くなったわけではないが、なんとなく気分がすっきりしたような気がして、少女が消えていった方を眺めながら蓮は笑みをこぼした。
 
 「蓮?!」
 
 自分の名を呼ぶ声に振り向くと、真っ白なリボンを頭に結んだ双子の姉が、手を振りながらこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
 
 「……遅いぞ、凛!」
 「ごめんごめん!ちょっとトラブっちゃって」
 
 両手を合わせて頭を下げる姉を見ながら、蓮はため息をこぼす。
 
 「……何でこんなの好きになっちゃったのかなぁ……」
 「え、何か言った?」
 「何でもありません?」
 「ならいいけど……。それより、お腹すいたでしょ?早くお昼にしよ!」
 
 そう言いながら、凛は自然なしぐさで蓮の腕に自分のそれを絡める。
 
 「いい?蓮は今日一日私の『彼氏』なんだから、それ相応にふるまってね!」
 「はいはい」
 「ハイは一回!……よぅし!たっくさん食べるぞ?」
 「太っても知らないぞ」
 「太らない体質なんです?」
 
 子供の様に剥れる凛に、蓮は笑いをこぼす。自分は凛の本当の彼氏にはなれない。けれど、今日一日「彼氏」の真似事をする事で凛が満足するなら、それで十分なんじゃないか。そんな事を考えながら、二人足並みをそろえて歩き出した。



◇◆◇
レンと一緒に話しているのはグミちゃん、通りすがりの謎の少女はリリィさんでした。レン→リン風味。
拍手ありがとうございました。

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