「アニバーサリー」


閉じた瞼の外に、明るい太陽の気配を感じた。
朝か…。
思うと同時に、眠りの側にあった意識が、急激に引き戻される。
一度、微かに身じろぐと、動きに呼応するように、傍らで何かが動いた。
ふと気付けば、肩のところに慣れた重みと温度がある。
それに誘われ、俺はまだ重い瞼をゆっくりと持ち上げた。

目を開けると真っ先に視界に飛び込んで来たのは、見慣れた寝室の天井と、すぐ側にある翠玉色の瞳だった。
いつからそうしていたのだろう。
セイジュは、俺の肩に置いた手の甲に顎を乗せ、こちらをじっと見つめていた。
「おはようございます、ケンショウさん…」
目が合うと、印象的なエメラルドグリーンの瞳をふっと細めて青年は笑う。
そして、セイジュは伸び上がるように、俺に顔を寄せて来た。
答えようとした己の喉が、意志に反して呼気を飲み込む。
ガラスの双眸に映る自分の姿が次第に大きくなっていく。
そう思う間に、柔らかな唇が俺のそれに淡く触れ、またすぐに離れて行った。
「…」
セイジュは、少しだけ体を離し、俺の目を覗き込んで来る。
その口許には、先程よりさらに深い笑みがあった。
やがて、一度くすぐったそうに肩をすくめて、青年は唇を解く。
「お誕生日、おめでとうございます」
…。
……。
「…ああ…」
そうだったな、と、数秒経って思い至った。
目の前で、青緑色の瞳は満足げに揺れている。
それを見れば、セイジュが朝一番にこの言葉を俺に告げようと、心待ちにしていたことは明白だった。
思わず、俺の口許にも笑みが零れた。
「セイジュ…」
名を呼んで、青年の体を自分の方へ引き寄せる。
セイジュは、またさらに嬉しそうな顔をして、俺に自重を預けて来た。
心地よい体温に、胸が幸福に満ちていく。
こういう時、俺は言葉が得手ではない。
だから、これがその代わりだ…。
俺は、喉に張り付く声を飲み込むと、感謝を込めて、薄茶の髪に静かに唇を寄せた。

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