棘まで美し


 4限が休講になったのはラッキーだった。
 一応自習課題なんてやつが出されたけど、
正直、20分もあれば楽勝で終わる分量。
これはさっさと終わらせるしかないっしょ。
集中して一気に課題をこなし、席を立った。


「ニーナ! 課題が終わったの?」
「そんなん、よゆー、よゆー!」
駆る愚痴を叩いて、教室を後にする。


 腕時計を確認すると、昼休みが始まるまで、あと30分もある。
今日は丁度、新しい期間限定のパンが発売される日だった。
ソッコーで並んでも、今日は買うの難しいだろうな、って思ってところに、この休講。
これってマジ、ラッキーじゃん?
天恵ってやつかもしんない。


うちのクラス以外はどこも自習中、っていう好条件のお陰で、
オレは難なく、
「11月の限定商品;ふわっとタマゴと厚切りベーコンのパニーニ」を3つ、ゲットした。
オレと、嵐さんと、美奈子ちゃんの分。
2人共喜んでくれっかなー、なんて思いながら、
渡り廊下を歩いていたら   


「あ…」
校庭の隅、バレーボールをしている女子の集団の中に、
美奈子ちゃんを発見した。


 美奈子ちゃんは、バレーコートの脇に座っている。
どうやら、今練習試合をしているクラスメイトの応援をしているようだった。
なんだか印象が違う感じがすると思ったら、
いつもは下ろしている髪の毛を、ポニーテールに結っている。


 ちょ……マジかわいいんですけど!
下ろしているところもいいけど、ポニーテールもすげぇ似合ってる。
もっと近くで見たいなあ、なんて思って、
オレは踵を返し、下足箱の方に向かった。


いいよなあ、ポニテ。
普段見えない白いうなじとか、そこに垂れるおくれ毛とか……
そそるよなあ…
なんて妄想しつつ、背後から美奈子ちゃんに近づく。


あれ…


そこで、気づいた。
美奈子ちゃんが、バレーコートの方を見ていないってことに。
明らかにあさっての方向を向いている。


どこ見てるんだろ?
オレは、彼女の視線を辿って行く。
すぐに、判った。
美奈子ちゃんの視線の先に、あるもの。


嵐さん……。


気づいた瞬間、胸にチクリと痛みが走る。
 間違いない。美奈子ちゃんは、
校庭を走る嵐さんを見つめている。


オレは歩みを止めて、
美奈子ちゃんの背中を見つめた。
美奈子ちゃんの視線は、嵐さんを捉え続ける。
そんな彼女の後ろ姿を見ていたら、
胸がキリキリ痛んできた。


ああ、もう。なんて滑稽なんだろう。
自分でも、そう思う。
さっさと声、かけちゃえばいいのに。
オレ、こんな臆病な奴だったけ?


美奈子ちゃんが他の男を見つめていると、苦しくなる。
それがたとえ誰であっても。
オレが尊敬してやまない、嵐さんであっても。


うん、そうだ。
オレは嵐さんのこと、尊敬してるし、
人間として大好きだ。
嵐さんは本当、マジパネェ人だと思う。
こんな漢になりたい!って思う。
男が惚れる男だと思う。
でも。


それでも、譲れないものがある。


嵐さん、
たとえアンタが相手でも、オレは譲らねえよ?


遠く、校庭の反対側を走る嵐さんの背中を見つめて、
オレは心の中でひとりごちた。


そのまま、その場に座り込み、
美奈子ちゃんの方に視線を戻す。
美奈子ちゃん、今のアンタは、嵐さんを見つめてるんだね。
まあ、それはしょうがねーかな。
美奈子ちゃんと嵐さんとの間には、
オレの知らない1年間があるもんね。
悔しいけど。


でも、振り向かせるよ。
たとえ今のアンタの視線の先には嵐さんがいるとしても、
オレの方を見つめさせてみせる。


オレ、あんたのこと、すげぇ好きだから。
あの時、あの遊覧船の中で、思ったから。
アンタは、オレの運命のヒトなんだって。


今は嵐さんの事見つめててもいいよ。
でも、絶対振り向かせる。


白い項を見つめながら、オレはそんな事を考えていた。



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武者小路実篤の小説から、題名を拝借しました。
「棘まで美し」は、横恋慕する男の話です。
そんなわけで、横恋慕気味(?)なニーナです。

ニーナ、お誕生日だったのに、不憫な感じになっちゃってごめんね。
でも、不憫なニーナも大好きです。
というか、横恋慕ニーナ(親友愛情ニーナ)切なくていいですよね>▽<

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