いくらイベントが豊富な風見学園と言えども四六時中行事があるわけではなく、時には何もない暇な時期と言うものがある。
 そんな事情もあり。
「最近暇なんですよ」
「兄さんたちにはこのくらいでちょうどいいんじゃないですか」
「杉並くんたちが大人しくて生徒会としては助かるけどね」
「にゃはは、じゃあ抜き打ちでテストでも用意しようかな??」
「や、それは兄さんじゃなくても遠慮したいです……」
「それに今言ってたら抜き打ちにならないですよ」
 四人で囲むいつもの夕食の席でこんな話になったのだが……
「そっか。義之くん、暇なんだ……」
 俺はさくらさんが思案顔でそう呟いたことに気づけなかった。

 翌日登校すると、机の中に見慣れない封筒が入っているのに気づく。
 女の子が使いそうなかわいいデザイン、文字で『桜内義之様へ』……差出人の名前はない。これは……まさかラブレターと言うものではなかろうか!?
 一先ずポケットに封筒を仕舞ってトイレに行くフリで廊下へ出る。教室内で中身を確認するのはさすがに誰かに見つかる可能性が高い。
 左右を見回し杏、茜、杉並、渉が居ないことを確認。見られると何を言われるか分からないからな……小恋なら誤魔化せるけど。
 結論から言えばそれはラブレター……らしきものであった。『放課後、付属校舎屋上で待っています』。
 おそらくはラブレターなんだろうけどこれだけではそうとは言い切れない内容だ。杏や茜の悪戯と言う線もなくはないけどあいつらもここまで性質が悪いことはしないだろう。

 放課後、夕日が差し込む屋上で手紙の送り主を待つ。
 本当にラブレターなんだろうか?と言う不安と、本当だった場合どうすればいいのかという別の不安がありどうにも落ち着かない。
 差出人の名前が無いって事は面識の無い人だろうか?いやいや、知っている人だからこそ伏せているという線も、とぐるぐる歩き回りながら思案する。
 そしてちょうど扉に背を向けた所を狙い済ましたかのように……いや、実際に狙っていたのだろう。背後から女子に抱きつかれていた。
 俺に見えるのは腕だけで、それが付属の制服に包まれている事から同学年か下級生であることが分かる。
「顔を見ちゃうと恥ずかしくて言えなさそうだから……」
 そう言う女子の腕は俺の腰の位置にあって……背、低いな。
「今までずっと、あなたのことを想っていました」
 視界の隅に風で背後の女生徒の髪が靡くのが見えた。夕日に照らされたその髪は眩しいくらいに綺麗なブロンド。
 何故か妙に冷静になっている自分に気付く。さっきまでと違ってすごく落ち着いてるって言うか……この『抱き心地』ならぬ『抱かれ心地』には覚えがあった。
 ……そういえば声も聞き慣れているような。
「えーと、何やってるんですか。さくらさん」
「……ボ、ボクは学園長じゃないよ?」
 墓穴掘ってますよ。とツッコむ間もなく、観念したのかさくらさんは腕を放……さずにそのまま俺の正面へと移動してきた。
「残念、もうちょっと引っ張れると思ったのになー」
「引っ張ってどうするんですか。と言うか本当に何やってるんです?」
「にゃはは……ほら、義之くんが暇だって言ってたからサプライズを用意してみたんだけど」
「学園長がそんな個人的なことしてて良いんですか?」
「ちゃんと今日の分の仕事は終えてきたから大丈夫だよ。義之くん、ドキドキした?」
「さっきまではしてましたけど、今は……」
「うにゃ、レディに抱きつかれてるのにそれは枯れ過ぎだよ……」
 もう少し胸が大きければ……とは言えなかった。
「さくらさんに抱きしめられると安心するって言うか、落ち着くんですよ」
 はっきりとはわからないけれど……きっと親に抱きしめられるのと同じ感覚なんだと思う。
「さくらさんだって俺に抱きしめられたからってドキドキはしないでしょう?」
「ボクは嬉しくなっちゃうからなー。義之くんと同じく落ち着く、かも」
 そこでようやく絡めていた腕を解き、俺から身を放したさくらさん。
 夕日を浴びて輝く髪、付属の制服に包まれた小さく細い体、楽しそうな笑顔……家族みたいな関係ではなく、もし初めて会うような関係で告白されていたなら俺はどう返事していただろう?
 そんな考えが頭に浮かんだ時に、それを知ってか知らずか振り返ったさくらさんから再度の告白。
「そうそう、ボクがずっと義之君のことを想っているのは本当だからね?」
 それは恋愛ではないだろうけど。
 さくらさんに愛されているという自覚は無いわけじゃない。
「義之くんはボクの事想ってくれてる?」
 素直に言うには恥ずかしすぎたけど、答えはもちろん――

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