天木眞希の番外です。

火傷


夜半、ふと目覚めたのは、夢を見たからだ。
傍らにいたはずの高野がいない。
慌てて体を起こしてから、ここが家ではなく、仕事先のホテルだったのを思い出した。
場所のせいか、すっかり癒えたはずの火傷のあとが疼いた。
そっと指で触れると、引き攣れたケロイドの痕がむずがゆいような気がした。
めったに鏡など覗き込んだことはないが、ときおり、人の視線の中に晒されている自分が、どう映るのか気になることはある。
この火傷のあとにひそむ、自分の過去も見えるのだろうか。
男たちの暴力にさらされ、大切な人を亡くし、痛みに耐えて生きてきた。
自分の顔にアイロンを押し当てたときのことを思い出すと、いまだに汗がふきだす。


不意に夢を思い出した。
高尾がいた。自分のせいで死んでしまった親友は、微笑みながら、
「そんなに悪いところじゃないよ」
そう言った。
死んでまで、自分を気遣ってくれるのかと、涙が流れた。
自分が苦しみの末に顔を焼いたことを知っていたら、高尾はひどく嘆いただろう。

けれど、この火傷はそんなに悪いものでもない。
この火傷に触れてくれた、たくさんの優しい指の記憶を持っている。

松田は、自分にとっては兄のように慕っていた人は、いとおしむようにそっと触れてくれた。一緒に暮らさないかと言われた。

父は痛みを分かとうとするように触れた。
自分の長い不在の末に、高野の家を訪ねてきたときだ。

妹は、すべてを受け入れるように、綺麗な白い指先で触れた。
結婚を決めたその報告に来たときだ。

その時々の感触を、自分の火傷に触れてくれた指先を、はっきりと覚えている。

高野は……そうだ、高野は違う。
もっと自然に、この火傷が眞希の体の一部であるように触れる。
そうして、誰よりもたくさん、触れてくれた。
そっと自分で触れてみる。
『眞希、眞希』
自分を呼ぶ低い声が耳の中に蘇る。
『眞希、眞希』
会いたい。


たった一夜を一人で過ごすことが、これほど淋しいとは。これほど思いを募らせるとは、思いもしなかった。
「高野さん」
そう声に出してみて、そっと自分の体を抱きしめた。            

(おわり)





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