「北へ行けなかった理由11」拍手お礼ss02



 極楽病棟の真実

 院内一、ひまーで、のんびりと他科から揶揄される極楽病棟。確かに、ここは大学附属病院ならどこでもある「緊急・至急・異常」の文字から縁遠い。かといって、その言葉通りかというと、そうでもない。
 入院患者はみな高齢で長期にわたるため、救命救急センターとは違った意味で、赤字ぎりぎり路線を飛んでいたりする。もちろん、それは慢性的な病気のせいもあるが、12階という病棟の場所とアットホーム的な病棟の雰囲気が一度入院したら止められないらしい。
 確かに、田口のような医師や兵藤のような様々なタイプの医師が揃っている。外科のように切れ者すぎる医師では、高齢者はストレスが溜まる。

 そんな極楽病棟に「田口先生、オレンジに緊急搬送!」はもの凄い衝撃を走らせた。
 『天窓のお地蔵様』と称される田口は、入院患者からも人気者だ。それはよれよの白衣にぼさぼさの髪で、おやつを勧めると「おいしいですねぇ」と喜んでくれるからだ。医者というちょっと近寄りがたい雰囲気を持つ者が多い大学病院で、田口だけは自分の身近にいる人のように感じられる。
「師長。田口先生が緊急搬送って…」
「ちょっと待って! 今、情報を集めているから、あなたたちは通常の勤務に励んでちょうだい」
 極楽病棟の師長の白石。さすがに師長だ。いざという時の行動は冷静沈着、すぐにオレンジの花房に連絡を入れた。そして、得た情報を今いる看護師たちに伝えるため、全員をナースセンターに集めた。

「田口先生がオレンジに緊急搬送されたということは皆さん、聞いているかと思います。オレンジ一階の花房師長に確認したところ、右足首の骨折で、これから緊急手術が行われる予定だそうです。詳しいことはあとで担当医から直接、こちらに報告があるそうです」
「骨折…」
「この年末に…」
 御用納めの朝にわざわざ骨折するとは、田口らしいと言えば田口らしいのかもしれない。と、その場の全員は一瞬だけ思ってしまった。


「師長。入院している山田さんから田口先生へのお見舞いだそうです」
「これは谷口さんからです」
 田口が御用納めの回診に顔を見せないのを不審に思った患者たちから、その理由を尋ねられ、田口が骨折したことを伝える看護師たち。口々に大丈夫かと尋ねる患者を納得させるのに、どれほどの労力を必要とするか。改めて知った彼女たちだった。
 そして、ナースセンターの机に積み上げられた『お見舞い』の品々。おまんじゅう、おまんじゅう、おまんじゅう、和菓子…。田口の日頃が分かる。

「主任。田口先生の様子を見にオレンジに行ってちょうだい。このお見舞いを持って…」
 白石が指示した。
 一瞬だけ、丹羽主任はためらった。あのオレンジである。血みどろの戦場。そして、ジェネラルの近衛兵たち。同じ看護師でも、あちらとこちらあまりにも違いすぎるのを突きつけられそうで、ためらった。
「でも、緊急手術ではないのですか?」
「ええ。でも、速水先生が時間を設定するのに時間がいるようなので、今のうちに行ってらっしゃい」
「はい。分かりました」
 速水の名を聞いた丹羽主任。がぜん気合いが入った。
「オレンジにジェネラルはいるかしら」
「主任。いいなぁ。ジェネラルに会えるなんて、その役、私と交代しません?」
 などなど。丹羽の周りに集まった看護師たちは、口々に速水の名をあげる。まだ、彼らは田口と速水の関係を知らずにいる…。
 田口への『お見舞い』の品を箱に詰めながら、いろいろなお願いを丹羽にするのだった。

「じゃあ、行ってくるわね」
 丹羽が極楽病棟の大役を担って、みなの羨望の目を受けながら、ナースセンターを出ようとしたとき。正面のエレベーターのドアが開いた。
 そこにいたのは、オレンジ新棟一階、救命救急センター長、速水晃一だった。

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