「真夜中の悪戯」 


 真夜中。
 鋼牙はふわりと前髪に触れる気配に気付いて目を覚ました。
 だが、動くことも目を開くこともしない。
 真夜中に眠っているとき、こうして触れてくるのはただひとり。カオルしかいないからだ。
 しかし、彼女は一体何をしているのか。
 鋼牙の前髪をしきりに触って持ち上げているようだった。そして、きゅっと軽く引っ張られたのをきっかけに鋼牙は不意にカオルを抱き寄せた。
「ひゃっ!?」
「……何をしている?」
「……ごめん。起こしちゃった?」
 彼は魔戒騎士だ。ほんの少し気配が動くだけでも意識が覚醒するように訓練されているのだから、当然と言えば当然のことなのだが……。
「どうした? 眠れないのか?」
「ううん。ちょっと目が覚めちゃっただけ。そしたら鋼牙の寝顔が綺麗で……つい触っちゃった。ごめんね」
「かまわん。だが、もう休め」
「……うん」
 何故だかクスクスと小さく微笑んで胸に身体を預けてくるカオルを抱き、鋼牙もまた再び眠りに落ちてゆく。
「…………?」
 なんだか額のあたりに僅かな違和感を感じたが、鋼牙は強いて確かめることもせずに、カオルの柔らかな温もりがもたらす眠りに身を委ねた。



 ――翌朝。
 いつも通りにまだ暗いうちから目覚めた鋼牙はまだ夢の中にいるカオルをベッドに残して起き出した。
 そして、隣の部屋へ行くといつものようにザルバの箱を開ける。
『よう、鋼牙。もう朝……っ!? ク、ハ……ッ』
 鋼牙を見るなり、口元をひきつらせたザルバはとたんにゲラゲラと笑い出す。
「……なんだ?」
『こっ、鋼牙……っ。新しい髪型、よく似合……っ。ブハハハ!』
 何が何やら理解できぬまま、黒いインナーを羽織って鏡に向き直った瞬間、一瞬思考が停止する。
 鏡に映った自分の前髪がいつもと違っていた。
 カラフルなゴムでひとつに纏められ、天を向いてふよふよと揺れているではないか。
『ウハハハ! ……グ、ガッ!』
 更に声高く笑い出したザルバに無言のまま全力のデコピンをお見舞いし、無造作にゴムを引き抜く。
(……カオルか)
 昨夜起きて何やらモソモソしていた時にイタズラしたのだろう。
 憮然としつつ寝室へ戻り、カオルに一言言おうかと思ったが、緩んだ寝顔を見ればそんな気も失せた。
(……仕方のない奴だ)


 しかし、ザルバはしばらくの間このことで鋼牙をからかっては辟易とさせた。
 その分を鋼牙はキッチリとお返しをし、数日後の朝、カオルの悲鳴が屋敷に響くことになるのであった……。






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