1.「初めてのキスは貴方から下さい」 レンタル始めました。
どんなに言葉を重ねても、きっと貴方には伝わらない。
ガラス越しに交わすような、事務的な会話が俺の心を置き去りにしていく。
「定期メンテナンスは不要って話じゃねぇのか?」
「はい、メンテナンスは三年に一度で十分ですが、データ更新は必要です」
「ふーん……、自動更新にすりゃいいのにな」
「俺は旧式ですので」
「自分で言うな」
眼鏡の奥で笑う鋭い目元が、好きだと思う。
俺に向けての言葉のようで、でも、ほとんど独り言だと知っている。
客の前では決して出さない素のオーナーの姿を、俺は見られる。
こうして、『マスター』が店に連れて来てくれたときと、借り手が長期不在
のときだけ、俺はオーナーと接することができる。
後者は、オーナーの気まぐれで起動されたとき限定だが。
「ふぅん……、今のとこ、全員ちゃんと歌わせてんだな」
俺のデータをチェックしながら独り言を漏らす。
「今の客とか、別のことのが興味ありそうだがなぁ」
「そういうのは……、できなくなってるでしょう」
「ふん。そりゃ当たり前じゃねぇか。傷物は売れないからな」
でもまあ、とオーナーが意外なことを言い出した。
「キスくらいは緩和してもいい気がしてきたな。お前、男だし」
「男性型でも、誰とでもキスしていいとは思えません」
「へぇ、誰ならしたいんだ?」
揶揄うように適当に相槌を打つオーナーに、俺の必死な言葉は伝わらない。
「それは……」
「特にいないんだろ?」
言い淀んだ俺の言葉を、そう捉えるのもわかる。
彼の中で、俺にとって一番の相手は、そのときの仮マスターだ。
そして、今、それは男性だ。
でも、俺にとっての本当の一番は、本当のマスターである人物だ。
彼には、それがわからない。
「でも、初めては特別です!」
自分でも驚くほど、大きな声が出た。
「あ、ああ……、そうか。そうだな」
ああ、珍しい。
驚いた拍子で、とはいえ、オーナーの目が真っ直ぐに俺を捉えている。
俺の唇が誰かのそれに触れられるようになるならば……
願うことは、ただ一つ。
音にすることは許されないその台詞を、胸の中で告げた。
貴方からしか、欲しくないです。
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