「月の戦士」第10章「千の月夜」(4) へ拍手をありがとうございました!




またまた更新が一ヶ月以上も空いてしまい、もう何にも言えねえの北島康介状態です。

今回、書くのに苦労したのが、弟のルエル。兄を応援したい気持ちもあり、さりとて兄が不幸になるのをじっと見過ごすわけにもいかない、本当に心の純朴な僕ちゃんです。
もし野心のある男ならば、兄が転落するのを黙って見ていて、自分が族長の座を奪い取るくらいの計算はするだろうに…。
いや、計算しているからこそ、ふたりの仲を進展させるために、わざと横やりを入れているのか?
作者自身も、今後の彼の動きが読めません。まさに物語終盤のキーパーソンとなりそうです。


一人称と三人称について

今回は、書くことが特にないので、一人称と三人称について書いてみたいと思います。

ご存じのように、一人称は誰か特定の人物の視点から物語を描く手法です。主人公の心境や、主人公の目を通してみた情景がドラマチックに描けることが利点です。ただし、主人公が見ることができないこと、客観的な状況を描けないというデメリットもあります。
私の書いたもので言えば、「EWEN」や「セフィロトの樹の下で」「インビジブル・ラブ」など、わりと素直で単純な人物が語り手となっています。

三人称は、「神の視点」から物語を書く手法で、それぞれの登場人物の行動や心の動きを客観的に描くことができますが、深い心情の機微を描くには向いていません。私は、登場人物に嘘をつかせたいときは、この三人称を選びます。つまり主人公が一くせも二くせもあるような人物であるわけで、「ティトス戦記」「伯爵家の秘密」「夜叉往来」…などと挙げれば、なるほど全員嘘つきばかりです。

今回の展開はまさにそんな三人称のメリットが表われた部分だと思っています。レノスとセヴァンが互いへの愛しい思いを秘めながら、憎しみをぶつけ合うような言葉を選んでいるのを見て、読者さまはさぞ、じれじれなさっておられることでしょう(笑)。

このヒネくれた小説では、レノスとセヴァンのあいだで「愛している」というストレートなセリフはたぶん、最後まで出てこないと思います。どこまで「愛」という言葉を使わずに愛を表現できるか。作者の悩みどころでもあります。

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