「月の戦士」第5章「ローマへ」(4) へ拍手をありがとうございました!










今回は、「ガリア戦記」と「アグリコラ」という書物の名前が出てきたので、そのことについて。


「ガリア戦記」
超有名な、あのガイウス・ユリウス・カエサルが、みずから綴ったガリア戦争(BC58年からBC51年)の記録です。
もともとは、元老院に提出する報告書だったと考えられ、名前も、「ガイウス・ユリウス・カエサルの業績に関する覚書」となっていました。「ガリア戦記」と呼ぶのは、ルネサンス以降らしいのですね。文章も、一人称ではなく、三人称になっています。


カエサルはもともと、すぐれた文筆家でもあり、ガリア戦記も簡潔な文体,的確な現実把握の点でラテン文学の傑作といわれているそうです。
このガリア戦記のラテン語日本語対訳が、今はただでWIKIBOOKSで読めるようになっています(一部未訳あり)。いい世の中ですねえ。


ガリア戦記 WIKIBOOKS


「アグリコラ」
歴史家タキトゥスが書いた一世紀のブリタニア総督アグリコラの伝記です。アグリコラはタキトゥスの岳父であるので、ちょっと遠慮ぎみ(笑)のところもあるのですが、古代ブリタニアの一級資料として貴重なものです。


小説でレノスが詠じた
「ローマ人は破壊し略奪することを偽って「支配」と名づけ、人住まぬ荒野を作ってそれを「平和」と呼んでいる」
は、一九世紀のイギリスの首相グラッドストンが、この一文を引きつつ、大英国主義を批判したことで有名になりました。


ご存知のように、ケルト民族は文字を持たなかったため、ブリタニアにおけるローマとの闘争について、彼らは何も書き残していません。
それゆえ、ローマ側からケルトの立場に立って叙述しているタキトゥスの功績は、大きなものがあります。




参考:
「海のかなたのローマ帝国 古代ローマとブリテン島」(南川高志著)
「世界大百科事典」
ウィキペディア




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