「月の戦士」第6章「惑乱の都」(5) へ拍手をありがとうございました!





やっと第6章が終わりました。
最後のエンドマークまで、あとどれくらいかなと考えてみました。
これからあれがあって、これがあって…。そのあとあーなって、こーなって。
…まだ、やっと半分くらいでしょうか。おかしいな。プロットのときは十章で完結のはずだったのに。



コンモドゥス帝について


これからしばらく、お話に登場する歴史上の人物について書いていこうと思います。
最初は、コンモドゥス帝について。

ネロ帝と並ぶ残虐非道な愚帝として、映画、マンガなどいろいろ登場していますよね。映画は「グラディエーター」が有名です。


マンガ「ウィルトゥス」は、現代日本の格闘家が古代ローマに召喚されるというお話。コンモドゥスもマルキアも出てくるそうです。読みてえ

正式名は、ルキウス・アウレリウス・コンモドゥス・アントニヌスですが、しょっちゅう改名しています。
父は、あの『哲人皇帝』で有名な第16代皇帝マルクス・アウレリウス。
父から子に直接に帝位が継がれるというのは、ローマ帝国では珍しいことらしく、特に在位中の皇帝を父に生まれたことは初めてで、『紫の皇子』とあだ名されました。

当時はローマ未曾有の国難が頻発した時期で、父アウレリウスはローマの玉座を温める暇もありませんでした。コンモドゥスも子どもの頃は、父とともに前線暮らしに明け暮れます。
父親がドナウ川前線の陣中で亡くなると、十八歳で第17代皇帝に即位しました。しばらくは戦線で指揮を執っていましたが、あっさりと蛮族と講和を結んで、ローマに帰還してしまいます。前線暮らしに嫌気がさしたとも、莫大な軍事費を抑制するための英断だったとも言われています。

それからは、今回名前の出てきたポンペイウスら重臣たちと協力して政治を行なっていましたが、しだいに奸臣たちにそそのかされ、宮殿の堕落した生活に侵されていきました。それまで哲学者の父の薫陶を受け、前線で兵士たちとともに暮らしていたコンモドゥスは、生まれて初めて、放蕩という禁断の美味を知ったのかもしれませんね。

歴史家で同時代人のカッシウス・ディオは、
『私はコンモドゥス帝が狂人であったとは思わない。むしろ人生で実際に会った人々の中で最も誠実な人間の一人だった』
と同情的に述べています。
私もできれば、彼を好意的に描きたいなと思っていたりします。うまくいけばよいのですが。
ちなみに、金髪巻き毛の美男子だったそうですよ。わくわく。

コンモドゥス
ヘラクレスに扮したコンモドゥス

この続きはまた次回以降に。


参考資料:
 ウィキペディア(写真も)

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