『呼称』







 一護
 お姉ちゃん
 一姉


 両親と妹達とは呼び方が異なる。


 一護
 いちごちゃん
 黒崎


 幼馴染と友人達も呼び方はそれぞれだ。


 黒崎一護
 一護
 一護さん


 死神達もそれぞれの呼び方をする。


 一護
 オレンジ頭
 黒崎さん
 黒崎殿


 浦原商店のみんなもそれぞれ同じ呼び方をしない。
 浦原と雨が「くろさきさん」と呼んでいたが、浦原が最近呼び方を変えたので、同じ呼び方をする者はいなくなった。


 一護サン


 浦原だけの、独特なイントネーション。
 時に揶揄うように、時に諭すように、時に囁くように。
 周囲を客観的に観察し、より効果的に、より効率良く、自分自身すらもゲームの駒のように利用する男が、一護に呼び掛ける時にだけ、一護にだけ判るように感情を載せた声で呼ぶ。
 時に包み込むように優しく、時に拗ねて、時に甘く囁き。
 大人になったり、子供になったり、男になったり。
 ずっと、大人としての浦原しか知らなかったから、初めは戸惑ってどう接して良いのか理解らなかった。
 戸惑うばかりの一護に、50/50の関係を築いて行きましょう、と言ってくれたのは浦原だった。
 優しくしたり、甘えたり、時には拗ねたり。


「本気で驚いたもんなぁ。」
「なんじゃ?」


 浦原の部屋の縁側で寛ぎながら何気なしに呟いた一護の声に、隣から反応が返った。ハッとして声の発生源を見下ろすと、日向ぼっこをしながら眠っていた黒猫が、金色の瞳で一護を見つめていた。


「夜一さん。」
「なんぞ、驚くような事があったかの?」


 一護が驚くような事は、一護に内緒で死神能力を取り戻させる為の霊刀を浦原が研究していた事くらいしか無かろう、と夜一が欠伸しながら呟くように言う。


「そりゃ、驚いたけど、それよりも………。」


 言葉を濁して夜一から視線を逸らした一護の横顔が“乙女”な事を見て取った夜一が溜息を吐く。
 一護にこんな表情をさせるのは浦原唯一人と決まっている。
 夜一の、腐れ縁の幼馴染は意識して、可愛い弟子の一人となった現世の少女は無意識に、夜一相手に惚気を口にするのが、このカップルの困ったところだ。


「夜一さんが、一番浦原さんと付き合い永いんだよなぁ。」
「うん?」
「私さぁ。表面上はへらへらしながら、本心は綺麗に隠しているのが浦原さんって人だと思ってた。」
「よう、見ておるの。」


 一護の観察眼は正しいと夜一は評価する。


「周囲を客観的に観察して効果的に効率良く、自分自身すらゲームの駒みたいに利用する人だと思ってたよ。」
「……自分自身すらも、か。そういえば、好いた男がどんな男か尋ねられた時に『大人の臆病さと狡さを持っていて、子供の様に残酷で我儘な男だ』と答えておったの。ホンに、一護は喜助の事をよう見ておったようじゃのう。」


 普段無意識に惚気られて辟易している仕返しとばかりに揶揄おうとした夜一は、一護が困惑している事に気付いて揶揄うのは次の機会に回そうと思い直す。
 機会さえあれば一護を揶揄う事に余念のない夜一だが、虐める気はないので匙加減は心得ている。


「それで? 何に本気で驚いたのじゃ?」
「浦原さん。私にはマイナス感情を簡単に見せるから。」
「マイナス感情?」
「敵意とか殺意とか以外の。臆病さも狡さも残酷さも我儘さも、私に向けてくる事しないんじゃないかって思ってたのにさ。」
「なんじゃ、向けられて愛想を尽かしたか?」


 実現すれば面白いと言わんばかりの期待に満ちた夜一の返事に、一護は呆れながら苦笑する。


「どうして愛想尽かすんだよ。それって、浦原さんが私に甘えてくれてるって事じゃないのか?」
「……甘えられる事は嫌ではないのか?」
「気を許して、信じてくれてるって事じゃん。八つ当たりだけは嬉しくないけどさ。」
「なんじゃ、八つ当たりでも許す心算か?」
「まぁ、世の中には八つ当たりを甘えだと思わない輩も多いみたいだけど。気を遣ってたり、嫌われたら困ると思う相手に八つ当たりはしないだろ。反撃を喰らう心配のない弱者に八つ当たりするってのは虐めだしな。浦原さんはそんな弱虫じゃねぇし。」
「………。」


 結局惚気られたか、と夜一は溜息を吐く。


「夜一さん?」
「ほんに。喜助といい、一護といい、儂には遠慮のう惚気てくれるのう。二人して甘えおって。」
「あ、ご、ごめ……っ!」
「まぁ、良いわ。お主は無意識じゃし、左程多くないしの。」


 夜一が溜息を吐くほど、多いのだろうか。
 無意識だというのなら今まで夜一に指摘されなかった分、恥ずかしい真似をしていた事になるのではないかと気付いて、一護は真っ赤になる。
 一護自身は無意識だから良いと言ってくれたが、意識して惚気ているという浦原の頻度はどれだけ高い事か。意識してやっている浦原が辞める事はないかも知れないが、無意識だった分自覚して辞めるようにしなければ、と一護は内心で決心する。


「そうすると、一護は喜助の素直な感情を向けられた事に驚いたわけなんじゃな?」
「……対等な関係を築こうって、言ってくれたから、正直驚いた。」
「対等な関係……。」
「だって、夜一さんや浦原さんから見たら、私なんて赤ん坊くらい幼いんだろ? 長年生きてきた大人としてのプライドもあるだろうに、私に対等でいようって言ってくれるなんて、思わなかった。」


 浦原との関係に定義付けなど必要なかった夜一は思い掛けない言葉に、それこそ驚いた。
 浦原は遠慮する癖のある一護に素直な気持ちをぶつけられる相手として認識される事を望んだという事か。
 つまり、本気だという事を、言葉でも態度でも示したのか。
 その事に、果たしてこの少女は気付いているのだろうか。


「そういえば、喜助はどうしたんじゃ? 常もお主が来ている時には傍から離そうともせんのに。」


 夜一の言葉に、一護は眼元を染めて視線を逸らした。


「アタシは一護サンと一緒にいられる限り傍にいたいんスけどねぇ。」


 スルリ、と、羽織を纏う腕が一護に絡み付く。


「ぴゃっ⁉」
「……何、一護サンたら、えらく可愛い反応してくれてますねぇ。」


 浦原に絡み付かれて硬直した一護を抱擁した儘、浦原は一護と話していた夜一に視線を向ける。


「アタシがお客サンの相手してる間に、夜一サンたら一護サンを独占して狡いッス。」
「狡いも何もあるか。儂は昼寝をしておったんじゃ。一護の独り言で目が覚めて話しておっただけじゃろうが。」


 しかも話の内容は要は一護の惚気である。
 辟易している態度を隠しもせず、ぐったりとした反応をする夜一に、浦原は不思議そうに小首を傾げる。
 浦原自身は、意識して夜一相手に惚気ているが、一護が無意識で夜一相手に惚気ているとは気付いていないのだ。
 一護が夜一相手に話しているとすぐに割って入って一護を腕の中に抱き込んでしまうので、毎回硬直してしまう一護しか見ていない所為だろう。
 毎回浦原に抱き着かれる一護が硬直する理由は、夜一には一目瞭然な事態だ。
 一護は身長こそ平均より高いものの、体格は至って華奢で、浦原が両腕を組んだ中に囲い込まれてしまうほどに細い。承知している浦原は一護を抱き潰してしまわないように、柔らかく緩やかに抱き込むのだが、如何せん余った両手は自然に一護の胸元になるわけで、夜一ほど豊かではないものの、それなりにふっくらとした胸を浦原の両手が包み込むように触れてしまう。初めて抱き込まれた時に、恥ずかしくて逃れようと暴れたら、浦原の手に自分から胸を押し付けるようになってしまったので、以来、一護は逃げる事を諦めているが、羞恥が薄れたわけではないので硬直するのである。
 要するに、一護は初心なのだ。
 浦原に無理強いをする趣味がない事は夜一も知っている。細かな遣り取りは知らないが、浦原と一護が恋人同士と認識される関係を築いたのは、一護が死神の能力を取り戻してすぐの事だ。あれから既に一か月。学校帰りも休日にすら、一護は事ある毎に浦原と逢っている。
 浦原は一護が顔を見せる度にべったりで傍から離そうとしないくらいだから、夜一に限らず他の者が傍にいない時に浦原が一護を放すとも考えられない。ならば、一か月べったりでも、一護は一向にスキンシップに馴れないという事か。
 流石に夜一でも、此処まで一護が純情で過剰反応している姿を見ると、少々浦原が不憫な気がして来た。
 夜一はチラリと一護に視線を向ける。
 硬直してはいるが、羞恥で赤くなっているだけで、その表情に嫌悪はない。ならば、少なくとも夜一がいなくなれば、一護の硬直は融けるかも知れないわけで、夜一としてもイチャイチャしたがる浦原の甘い科白や声を聞かされるのは御免である。
 結論。
 安心して昼寝を出来る場所は他にはあまりないのだが、仕方がない。
 寝そべっていた体をスッと、起こすと一護に向けていた蕩けそうな視線を夜一に向けた浦原が態とらしく驚いてみせた。


「おや、お出掛けッスか?」
「儂は昼寝の場所を変える故、主は思う存分一護といちゃついておれ。」
「…ありがとうございます。」


 夜一が庭に飛び降り、塀に飛び移る間も待ちきれぬとばかりに、浦原が腕の中の一護を膝に抱き込む姿が視界の端に入る。
 やれやれ。
 本気になっているだけあって、幼馴染のらしくなく余裕のない姿を垣間見て、夜一は初めて本気になった男の情を一身に受ける事になる一護の身を案じずにはいられないが、浦原の気性を把握している一護は承知の上なのだろう。尤も、一護が思っていた以上に、浦原は本気になっているようだから、あのような男に摑まった一護に対する同情心は拭えない処ではある。
 浦原は、永い時を生きてきた中で、只の一度も誰かに本気になった事はなかった。
 その能力の高さを見込まれて、夜一の婿がねとして四楓院家で引き取った男ではあったが、夜一にはその凍った心を片鱗とて溶かしてやる事は出来なかった。
 その儘、幼馴染の腐れ縁という関係に落ち着き、百年余り前の一件で尸魂界を追われ、他人に情を掛ける事に厭いてしまった男が、手駒とする心算でいた現世の少女に関わりを持った時には驚いたものだが、深入りはしなかったから黙って見ていた。
 一護が浦原に惹かれている事に気付いても、浦原の方で相手にしないだろうと思っていた。
 寧ろ浦原の方が深みに嵌っているのだと気付いたのは、一護が藍染を封じる為に全霊力を引き換えにした後だった。
 全ての霊力を失った一護に接触する事を、全死神に禁じるという通達があった。
 今にして思えば、一護を先代死神代行を釣り上げる餌にする為に、尸魂界が一護を見限ったと装う必要があったのだろう。だが、当時の浦原商店のメンバーにとっては理不尽な通達でしかなかった。
 文句を言うジン太や、珍しく不満を口にする雨を余所に、浦原は早々に地下勉強部屋に研究施設を造って何事かを始めた。
 それが、一護に死神の力を取り戻させる為の研究だと知れた時には驚きもしたが、表面上は普通の生活を喜んでいた一護の本心に気付いていたからこそと判った時には、情で動く浦原喜助なる世にも珍しいものを発見したと思ったものだ。
 それが正しい見解ではなかったと知ったのは、自らが天に立つと宣言した反逆者などより遥かに高い矜持の持ち主である浦原が、一護の為なら自分を追い遣った総隊長に頭を下げる事も、沓を嘗める事さえ欠片も厭う気持ちがないのだと知った時だった。
 浦原の本気を知った一心が、一護の気持ちを知って反対をしなかったのは、それほどに晴天の霹靂といえる重大事件だったのだ。
 一護から告白したのか、浦原が口説き落としたのか、夜一は知らない。
 知る必要もないと思っている。
 夜一に言える事は、本気で一護を手に入れてしまった以上、存在する限り、浦原が一護を放す事はないだろうという事だ。
 浦原が個人を名前で呼ぶのは、幼馴染の夜一と空鶴と、副官だったひよ里と、腹心の部下となった男と自分で創った子供達だけだった。
 二十年前にそこに、斯波家の傍流だった男とその妻が加わったが、その娘達をも姓で呼んでいたものを、四方や今になって名前で呼ぶ親しい者を増やすとは。
 浦原が一護に呼び掛ける名前に籠められたものは凄く甘くて、砂どころか砂糖を吐き出しそうだ。
 昔の浦原を知る者は軒並み目を剥くに違いない。斯くいう夜一自身も目を剥いたものだ。
 従業員達も軒並み……ではなかった。


「そういえば、雨とテッサイは驚いておらんかったのう。」
「何に?」


 問い掛けられて、夜一はぼんやりしていた自分に気付いて一瞬硬直してから振り向く。
 そこにいたのは一護の妹の一人で、霊力の高さが最近一護に切迫してきた夏梨だった。


「………。」
「何?」


 無言で見つめる夜一に、夏梨が不思議そうに小首を傾げる。普段女の子らしい仕草をしない夏梨も、一護と同様こんな時の仕草は可愛らしい。


「猫の儂が喋っても然して驚かんの。」
「あんた、浦原商店に出入りしてる猫だろ? 普通の猫じゃねぇのは判るもん。」
「ほう。流石に一護の妹じゃのう。」
「一姉の妹って言うか……。」


 言葉に困ったらしい夏梨が困惑も顕わに口籠る。
 夜一はふと面白そうに金色の瞳を光らせる。


「一護からも一心からも何も聞いておらぬのか?」
「一姉は何も話してくれな……親父?」
「なんじゃ、一心は未だに主らには何も話しとらんのか。」


 困ったもんじゃ、と独り言ちる黒猫に、夏梨は掴み掛らんばかりに詰め寄る。勢い余って夜一を掴んだ夏梨は、周囲を見回して死角になる位置へ駆け込んだ。
 周囲の視線を気にする冷静さは、一護に勝るとも劣らないと判断するべきだろう。


「一姉からも親父からもって事は、一姉と親父は同じ事を共有してるって事だよな。一姉が死神なのは知ってる。こないだまで霊力全然失ってたのになんでかいきなり死神の力取り戻してるし。親父も関係者なのかよ⁉」


 一気に捲し立てた夏梨に、夜一は目を丸くする。
 夏梨は真剣に夜一を見つめて答えを待っている。
 夜一は溜息を吐いた。
 夏梨は年齢よりも冷静沈着な性格らしいが、それでも全てを話すには未だ幼い少女だ。


「ふむ。」


 夜一は夏梨の霊力を透かし見るように観察する。


「お主は虚ばかりか死神も見えるのじゃったな。」
「? それが?」


 夏梨にとっては不思議な事でも何でもない。


「一護も確かにお主の年の頃には虚も死神も見えておったが、既に霊力のコントロ-ルを学び始めておったしのう。」
「だったらあたし等に話してくれたって………。」
「儂が初めて一護に遭うたのは中学に上がったすぐの頃じゃったが、一護は今のお主よりも大人じゃったの。」
「………!」


 自分は子供ではない。子供でいてはいけないのだと、夏梨は自分に言い聞かせるように唇を噛み締める。
 夏梨の表情から感情を読み取った夜一が短く溜息を吐く。


「夏梨。勘違いするでない。大人であろうとする事と大人である事は違う物じゃ。」
「それじゃ、どうすれば大人になれるんだよっ。」
「お主のその性格じゃ。一護に面と向かって訊ねた事があるのじゃろ?」
「一姉は教えてくれなかった。」
「どういう状況で一護は教えなかったのじゃ?」


 夜一に言われて、夏梨は当時の事を思い出す。
 自分は一護が死神だと知っていると告げ、何がどうなっているのか説明してくれと迫った。


「あの時、遊子にも話してやってって言ったら一姉困った顔して、あたし一人の胸に収めて置けるなら話してやるって言ったけど、あたしは遊子と平等にして欲しいって言ったんだ。そしたら、それなら気付かないふりしてろって……。」
「なるほどの。」
「どういう意味だったんだろ?」
「お主なら話を聞いても冷静に聞けると判断されたんじゃろ。」
「……同じ話を遊子は聞けなかったって事?」
「少なくとも一護はそう判断したんじゃな。」
「あたし等双子で……。」
「そのような事は関係ないのう。」

「………。」

 夏梨は今まで子供でいる事は、一護に負担を掛ける事に繋がる事で、それをしてはいけないのだと思い続けてきた。少しでも一護に懸る負担を減らす為に、遊子のように家事が出来ない分、自分は精神的な負担にならないようにしようと、一護の負担を分けて共に背負う事をしたいと望んできた。
 見えていても感じていても、信じなければいないのと一緒、と幽霊に関して嘯いていたのは夏梨自身だ。


「夜一さん、死神って結局はなんなわけ?」
「さて。真央霊術院という死神になる為に学ぶ所では『死神とは魂の調整者』と教えられるのう。」
「魂の調整者?」
「世界は、現世、この世じゃな、それと、尸魂界、あの世じゃ、それから虚圏、悪霊の世界じゃ、それと地獄で成り立っておっての。」
「ソウル……?」


 まだ英語に慣れていない夏梨には、カタカナで言われた言葉を解する事は難しかった。


「尸魂界、じゃ。死んだ人間の魂魄の世界じゃ。」
「……死神って、死人なのか?」
「存在の在り様が違うのじゃ。」
「存在の在り様?」
「現世は器子で出来ておる。他は全てが霊子で出来ておる。」
「器子と霊子……。」
「違いについては喜助にでも訊いてみぃ。現世で生きた人間は死して後、尸魂界で傷付いた魂を浄化させ転生するのじゃ。虚、仮面を被った化け物は人間の魂が悪霊に堕ちた姿じゃ。」
「ホロウをやっつけるのが死神の仕事?」
「正しくは斬魄刀で斬る事で虚になってからの罪を浄化して尸魂界に行ける魂魄にしてやる事が、じゃ。」
「浄化って……。」
「多少の増減はあるが魂魄の総量は一定と決まっておるのじゃ。虚は他の魂魄を喰ろうて消滅させてしまうからの。大まかに言えば、魂魄を消滅させるものの排除が死神の仕事じゃ。」


 夏梨は滅却師の存在すら未だ知らない。敢えて教える必要も感じなかった夜一は、それについては言わなかった。
 夏梨は無言で何事か考え込んでいたが、キュッと唇を噛み締めて、キッと睨むように夜一を見た。


「偶然力を手に入れたからって、失った力を取り戻させてまで、一姉に死神をさせる必要があるなんて、あたしには思えない。」
「人は、人間、死神を問わず、持って生まれた宿命というものがある。」
「宿命……?」
「運命というものは自分で切り開いたり避けたり出来るものを言うが、宿命とは生まれる事と死ぬ事同様、努力で避ける事の出来ぬ事態の事じゃ。一護もおそらくお主も、その宿命を負って生まれておる。」
「あたしも?」


 思いも掛けない事を言われた気分で、夏梨は目を瞠る。


「宿命とは、大概が楽しくも嬉しくもない、過酷なものじゃ。」
「過酷なもの……。」
「一心も一護も、それに耐え得るだけの強さを持つまでは、その宿命を負わせたくないと、思っておるのではないか?」
「一姉はあたしの年には……っ!」
「年齢ではないと言うたじゃろ。」
「………。」


 反論出来る言葉が見つからなくて黙ってしまった夏梨は、悔しそうに唇を噛んでいる。
 一護の負わされた宿命は、夏梨が負うそれより遥かに過酷と言えるだろう。けれど、現世に生きる人間としてなら、夏梨が負う宿命も決して軽いものではないのだ。
 滅却師の血を引く真血という存在が負わされる業が、軽いものである筈がないのだ。


「一護は大学へ進学するのだったな。」
「え? あ?……うん。」


 いきなり話が跳んだ気分で、夏梨が目を白黒させていると、夜一がにやりと嗤う。


「受験とやらに本腰を入れる前にもう一度訊いてみる事じゃな。」
「前に訊いた時には応えてくれなかったのに?」
「二年経っておるのじゃろう? それともお主はこの二年で成長をしとらんのか?」


 夜一の挑発に簡単に乗って夏梨がムっとして黙り込む様子に、この辺が一護と夏梨の差だと思う。
 一護は年相応の子供扱いをされる事に感情を乱したりしなかった。大人ぶるのではなく、自身の未熟さを認め反省し成長させる事に余念なく邁進していた。背伸びをする事なく等身大でいる事は幼い心では出来ない。


「ところで………。」
「なんじゃ?」


 話は済んだと踵を返そうとした夜一を、引き留めるように夏梨が口を開く。


「雨やテッサイさんが驚いてなかったって、何の事なんだ?」
「……流石は一護の妹じゃ。ブレぬのう。」
「そう?」
「一護と付き合い出した喜助がデロデロに甘くなった事に、雨とテッサイは驚く気配がなかったという話じゃ。」
「きすけ……って、浦原さんだっけ?」
「そうじゃ。」
「……あのオッサン、一姉にデロデロに甘いのか?」
「………実年齢はオッサンどころか爺じゃがの。見た目には幾つくらいじゃと思うとるんじゃ?」
「え、三十半ばくらいか?」
「……帽子と無精髭で顔を隠しとるからのう。」
「?」


 不思議そうに小首を傾げる夏梨に、夜一は苦笑する。


「喜助もそうじゃが、お主の姉も面食いじゃぞ?」
「へ?」


 夜一は夏梨が呆気に取られている隙に塀に跳び載り、緩やかに尻尾を振って立ち去ってしまった。
 取り残された夏梨が夜一の言葉を散々反芻した挙句、浦原の顔が整っているという意味だと気付いて反射的に嘘だ、と思ってしまった事を夜一は知らない。






 そういえば、と塀の上をとっとか歩きながら、夜一は思い出す。
 浦原が名前にサン付けして呼ぶ女性は夜一と空鶴とひよ里と真咲だけだったところへ一護が加わったのだが、一護の方はと言えば、名前にさん付けで呼ぶのは年上の女性なのでルキアを除く女性死神全般だが、男は渾名で呼ぶ茶渡を除いて、姓か名前を呼び捨てと姓にさん付けで、名前にさん付けで呼ぶ事をしない。例外は、斯波兄姉弟の長兄の海燕と、他に呼び方がない死神で、名前にさん付けしているようだ。
 最近の浦原の愚痴という名目の惚気では、名前を呼び捨てにしてくれないとよく耳にする。浦原は、一護が名前にさん付けで呼ぶのが浦原だけなのだと気付いていないのだろう。
 更なる惚気を聞かされる事になるとは、四楓院夜一も、死神とて役職名であるに過ぎない神ならぬ身である事に変わりなく、予測出来る筈もなかった。
 人の恋時は犬も食わない、とはよく言ったものであるが、生憎と夜一は猫であった為か適応外だったようである。
 甘い惚気を散々聞かされて胸焼けを起こすまで残り時間は………?







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