拍手お礼です。バンドパロのお話。
三井千穂さん宅の創作から少しお借りしています(歌詞、キャラクターのお名前など


「ミミの弦が切れた」
 早朝、部屋から出てきた彼は不満げに頬を膨らませていた。俺は二つめのオレンジを半分に切りながら、その不機嫌の理由(ビコーズ)をおざなりに追求してみる。
「ミミって、あの?」
「赤いヤツ。細身の、頼りない、」
「痩せ気味の女(ランキーガール)。何弦が切れた」
「1弦。ストックない」
 なるほど。わざわざ買いにいくのが面倒臭いという訳か。俺はナイフを握り直してオレンジをさらに分割する。ハーフ、クォーター。かぶりつけるサイズ。朝の果物は健康にいいとどっかの雑誌で読んで以来、俺の朝食の献立は惰性で数年変わっていない。オレンジと、ブレッド、バター、あとコーヒー。アーネスト、―?朝から弦が切れたとご機嫌ナナメな俺の弟―?は紅茶党で、コーヒー党の俺とは毎朝くだらん国会答弁を繰り広げている。最近は、俺への当てつけなのか、それとも単なる健康法かヨーグルトを飲むようになった。
「他の使えよ」
「浮気すると拗ねる」
「お前みたいだな」
「それどういう意味?」
 ベーシストの弟はキッチンに踏み込んできて、俺の背後を通り抜け水色の冷蔵庫へ向かう。俺は1/4に切ったオレンジにかぶりつき、左手で果物ナイフを投げる、放られたナイフはシンクに置かれた透明なバケツの中、窓からの日にきらめいて揺れる小さなアクアリウムの中へ、ダイブしていく。
「ヨーグルトないじゃん」
「あ、悪ぃ。買ってくんの忘れた」
「たった一行のメールくらい記憶してらんないワケ」
 不機嫌に尖った声でそう言い捨てて、彼はキッチンを出た。弟の不満が風船みたく膨らんでいるのを感じつつ、まあ特にできることもないのでとりあえず放っとくことにする。ヤツはどうやら着替えてるらしい、ミミの弦でも買いにいくんだろう。
 ミミは、アーニーが中二の夏に初めて買ったジャズベースだ。
 その年から始めていた家庭教師のアルバイト代と、コツコツ貯めてたお小遣いとを黒猫の長財布(友人からの貰いものだそう。女の子っぽいデザインだから使おうかどうか躊躇っていたが、数少ない友人からのプレゼントは無視できなかったようで、今も律儀に使っている。兄としては、アイツがこれから先友達を作れるかってのは不安なところで、今いる友人をぜひ大切にしてほしいと思う)に入れて、近くの楽器屋へ出向いた彼は、そこでアイバニーズのSRモデルーー真っ赤な「ミミ」に出会った訳だ。本当は別のベースを買ってくつもりでいたらしいが、店の奥にいる「ミミ」を見た時買ってあげなきゃと思ったんだと。 「痩せっぽちで、おどおどしてて、でも魅力的だったから」
 以来、彼は特に浮気せず真っ赤な「ミミ」を使い続けている。犬が飼い主に似るようにベースも持ち主に似るんだろうか、ミミとアーニーは少し、似ている。痩せっぽちで頼りなく、愛想が悪く、すぐ拗ねる。
 ブレッドを焼こうとして、昨日食べ切ったことに気づいた。棚、冷蔵庫、引出しを、片っ端から開けて調べる。卵三つ、ベーコン二切れ、小麦粉とほこりを被ったホットケーキミックスの袋。まったく数年変わってなかった朝食がこんな理由で変更とは情けない話だが、別にブレッドがパンケーキに変わったところで俺の体調になんの変化があるだろう。いいや、パンケーキで。


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