承前

おはよ、と声がした。だがあまりにも眠くて眠くて起きる気がしない。

「だから……起きなさいってば!」

いきなり怒鳴られて目を開ければ、そこは怒り顔の妹が居る。ああ、今日も面倒なのにわざわざ起こしに来たのか。口では面倒くさいと云いつつも、いつも親があんなんだからやっぱり来ずには居られないのだろう。

「もう講義の時間に遅れるわよ!」
「んー……」
遅れようがどうだって良い。そもそも行くのも面倒くさい。どうせそろそろ卒業だ。
「お兄様!」
「わかったーわかってるー」
わかっているが動けない。朝はもともと得意ではないのだ、誰もがおまえほど血が有り余っているわけではない。
「お兄様、今日はお父様たちも御出かけで馬車持って行ってしまうわよ」
そう云えば従弟一家が馬車を使いたいからと馬を数匹持って行ってしまったのだったか。一人二台とかあれば良いのに。
「あーそう、じゃあ休みと云うことで」
「お兄様、それは家が遠い学生を敵に回します」
冷静に云われるものの、もとから味方の学生なんて俺には居るわけでもない。授業など受けられずとも困らない。卒業証書も要らない。

だって俺は、この国を出る。狭苦しいこの国を出て、遠い何所かへ旅立つのだから。



・・・・・


「終わりました、最後の患者さんです!」
「お疲れ、ルリ!」
ルカに満面の笑顔で返されて、ルリエールも思わず嬉しくなる。この家でも役に立つことがあったのだと思うと、またさらに嬉しくなる。ルカと違って医療技術も知識もないルリエールは、彼女や看護師に云われるがまま動いていただけであったが、少しでも役に立てたのなら良かった。

もう二度と、戦争など怒って欲しくない。

「よぉ、ルリ」
「お父さん、お帰りなさい」
「……一気に静かになっちまったなぁ」
人気のなくなった家を見て、ダグは淋しそうに呟く。ルリエールも淋しい気持ちはあったものの、
「でも、それが正しい姿です」
そう、正しい姿はこちらなのだと自分に云い聞かせる。病人がたくさん居るのが当たり前だなんて、間違っているのだ。
それにしても、とルリエールは振り返って父を見る。
「早かったですね、お父さん」
「ん、ああ、シーバルトの連中が帰って来たんでな。その祝いをするから料理が必要なんだ」
「ああ、ではご用意しないといけませんね。けれどジョーさんたち、帰って来るのお早いわね」
「なんでも天帝の一隊がリヴァーシンと話しあうんだと」
呼び戻されたらしいと、ダグは云う。その言葉に、ぎゅっと胸が詰まる。もしかしてまた、あの恐ろしい戦争がこの地を襲うのだろうか。またこの家に、けが人がいっぱいになるのだろうか。それを考えるだけで、ルリエールの中になんとも云えない気持ちが湧きおこって来る。

だがその度に信じる。天帝を、平定すると云う天帝の意思の強さを信じる。実際に会って話した天帝を見て、ルリエールは彼を信じられると感じた。だから信じられた。
きっとこの土地にも、明るい未来はやってくるのだ、と。

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