ありがとうございました!


【ありがとう(入江直樹)】


「はい、入江くんコーヒー」



 琴子はそう言うと音を立てずにソーサーを置いた。

 

 がさつで、しゃべりながら身振り手振りで食べるから口からも箸の先からもぼろぼろとこぼしてばかりなのに、そういえばこいつの食器の扱いだけはやけにうまかった、といつかのバイト生活を思い出す。



 敷かれたレールに乗せられること、こいつとの関係。なにもかもが嫌で飛び出したはずなのに、今はいつもこいつが隣にいる。



 自分で選んだ未来がいまここにある。



「じゃ、あんまり無理しないでよぉ」



 振り返りざまに栗色の髪の先が頬に触れて、いつものシャンプーのにおいがする。俺はやけに安心してモニターから目を離し、コーヒーに口をつけた。



「サンキュー琴子」

「ん」



 カップを揺らすと栗色の髪が揺らめいたように見えた。


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