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女将は見た……?
écrit par Seika










※ここにはどこかで聞いたような名前が出てきますが、あくまで他人の空似です。
 
 
 
都内某所に残る、昔ながらの銭湯、“長生湯ちょうせいゆ”。
風呂屋のせがれと結婚し、はや数十年になる女将は、今日も元気に番頭台に座っていた。
 
多くの家に内風呂がなく、銭湯が賑わっていたのも昔のこと。
最近はその数を減らしつつあるらしい。
が、幸か不幸か、この店は固定客も多く、無事に営業を続けている。
 
とはいえ……。
昔は惚れた腫れたで一緒になった筈の旦那は、今や腹が出て見る影ナシ。
『温かくて丁度いいから』と、風呂釜の上に板を乗せ、その上で馴染みの客と雀卓を囲む日々。
先日など、『ツモらないときには、そこの隙間から女湯を覗くと運気が上がるぞ』等と宣うので、思いっきり蹴っ飛ばしてやった。
(勿論、女湯側に出来ていた隙間は綺麗に埋めた)
 
 
そんなある日のこと。
 
その日も女将は、16時に暖簾を掛ける。
やって来るのは、殆どがお馴染みさん。
たまに見慣れぬ顔は、常連の親族。
『息子が孫を連れて遊びに来てんだ』と、嬉しそうにじぃじの顔になる。
それが、ここの日常。
 
ところが、その日は違っていた。
 
カラカラと格子戸を開ける音に『いらっしゃい』といつものように声を掛けようとして、思わず口籠もる。
まるで昔見たお伽噺から飛び出てきたような、美青年と美少年の二人連れ。
顔を見れば然程似ている訳ではないのだが、取り巻く雰囲気はそっくり。
 
 ―親子?
  否、否、親子にしては父親が若すぎる。
  年の離れた兄弟、親戚…というところだろうか?
 
正に“掃き溜めに鶴”。
あまりに場違いな二人に見とれていると、逆側からは『小母さん、こんばんは』の声。
見れば週一でバイトに来る、今時の若者にしては珍しいほどしっかりしたつくしの姿があった。
 
「おや、つくしちゃん。お風呂に入りに来るなんて、久しぶりじゃない?」
「はい。そうなんですよー。今日はお客です。大人二人と子供一人。男湯そっちにいる大人と子供、二人分も併せてです。あっ、あと、頭も洗います。飲み物も三本分。全部まとめでお願いします」
 
 ―と、いうことは、この二人は…??
 
「うん? こりゃまた……随分なイケメンさんだねぇ…。つくしちゃんの…彼氏?」

女将の質問につくしはどもり、男二人の反応は素直。
大きい方も小さい方も、“彼氏”という単語には好意的だ。
 
 ―へぇ…これは中々……面白いねぇ………。

そんな彼等に興味を持ったのは常連客も同じようで、何のかんのと世話をやいている。
小さい方は何か言われる度に『チビじゃない』と食ってかかり、大きい方は悠々自適。
でも小さい方を気にはかけているようである。
そして、壁越しに響く、つくしの声。
番頭台に肘をつく女将の顔にも、笑みが浮かんでいた。


―数日後―

この日の長生湯は定休日。
近所に住む友人達とお茶を飲んでいたら、話題はあの二人連れのことになった。
 
「ちょっと、この前お宅に凄いイケメンが来たんですって!」
「あら、空さん。よく知ってるわね」
「確か…ナントカっていう芸能人に似てるとか」
「あっ、そうそう星さん。えっと…確か…オ…オ…オグ…」
「えっ、もしかして、オグリくん!? あの、来年大河主演の!?」
「そうそう、そうだったわ、プルさん。そのオグリくんに似てたわねぇ…」
「ええっ! オグリくん! 写真…写真はっ!?」
「……ちょっと……りおさん、銭湯で写真撮ったら大問題よ」
「それより……もっと大事なことがあるわっ」
「そうよっ、これはホントに大事なことよっ」
「この世で一番、大事なことっ!」
「大事、大事……って、何? あすさん、アキさん、聖さん」
 
女将の言葉に、七人はニヤリと笑う。
 
「「「「「「「ねえっ!! 見たのっ!?」」」」」」」
「見た…って、何を?」
「「「「「「「イケメンのハダカっ!!」」」」」」」
「………………」
 
息まく七人の姿に、女将はこめかみを押さえる。
 
 
女将の茶飲み友達のこの七人のおばちゃんズ。
年齢も性格も異なるのだが、揃いもそろってイケメン好き。
 
否、女将とてイケメンは好きである。
世間一般の女性ならば、イケメンが嫌いな人など、そうはいないだろう。
だがこの七人は、どうにもイケメンに対するパワーが他と違うのだ。
今も『どうなの!? 見たの!?』と、女将に詰め寄ってくる。
 
 
正直な話、見た、見ないで言うならば、“見て”はいる。
何しろ、それがお仕事。お客に何かあっては一大事。
それでなくても“長生湯”に来るのは、ご老人が多い。
転ばないか、頭を打たないかと、始終気を付けて見ている。
 
だから、お客をそんな邪な目で見たことはない。 
その昔、『女の裸が見られて羨ましい』と言われた風呂屋のオヤジが、『男のあこがれも楽じゃない』というエッセイに書いていたように、“憧れのお仕事”はそれはそれで大変なのだ。
そんな女将の気持ちを知ってか知らずか、七人はイケメンの話題で盛り上がる。
 
「ねぇ、イケメンの肌って、どうなんだろう?」
「そりゃあ、スベスベで綺麗に決まってるじゃない」
「いいなぁ…スベスベのお肌」
「触りたい」
「あたしもー」
「きっと筋肉質なのよ。でもマッチョじゃない」
「いいわぁ…それ」
「ねー」
「まさか、お腹タプタプしてないよね?」
「やーだぁ、それは私らだってば」
 
はっはっは、と豪快に笑う。
女三人で姦しい。
七人揃えばその二倍プラス一。姦し、姦し、かし、だ。
そして話題は、更にエスカレートしていく。
 
「ね、プルさん、イケメンを描いてよ」
「えっ? 私?」
「そうそう、プルさん絵が上手だし」
「あっ、アキさんも描いて」
「えーっ…私、モデルがいないと描けないよ…」
「そしたら、誰かその辺の人で…」
「うーん、あの辺はちょっと…微妙?」
「ガタイはいい感じだけど…」
「う…じゃあ、想像で頑張る」
「うん、私も…(サラサラサラ……)こんな感じ?」
「うんうん、イイ♡」
「いいよ! 格好いい!」
「う…ん…。顔はいいんだけれど…」
「けど?」
「もっと下を描いてよ! 下を!」
「そうそう、そこが重要なんだから」
「勿論、全裸だからねっ!」
「そっ…そんなぁ…」
「それは…ちょっと恥ずかしいよぅ」
「なに今更純情ぶってるのよ。見たいんでしょ?」
「うん♡」
「見たい♡」
 
終いには見てもいないイケメンまで、想像で描き出す始末。
蚊帳の外に置かれた女将はひとり、少し冷めた茶をすする。
 
 ―あのイケメン、バイトのつくしちゃんの彼氏だって……。
  言わない方が……いいのかしらね。
 
 
斯くしてつくしは、女将の機転によっておばちゃんズの餌食から免れたのであった。
 
 
おしまい
 
 
 





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