***
・お礼するの


「なんだよ」
「なによ」
「お礼言えよ、おまえ」
「はあ!? なんで私がお礼言わないといけないわけ」
「ありがたいことなんだぞ、こうしてもらえるの。とにかくお礼言わないといけねえんだよ」
「なによそれ偉そうに。お互いさまでしょ? むしろあんたがお礼しなさいよ」
「まあ広い意味じゃお互いさま……なのかあ? いやもちろん俺もするけど。
 おまえのお礼が欲しいんだよ、たぶん」
「……じゃあふたりともお礼する、ってことね。まあいいわ。なんの?」
「おう、なんの、っておまえ。そりゃあれだろ、日ごろの感謝というか……」
「日ごろの感謝ぁ? 駄犬のくせによくもまあ……仕方ない、いいわよお礼、
 してやろうじゃない、先に。あんたも後からかならずお礼しなさいよ!」
「おう、するする。必ず後でする。ささ、どうぞ」
「……」
「……どした? ほら、早く」
「……」
「そこまで赤くなる必要なんかねえから、ほら……待ちくたびれちまうぞ?」
「……」
「……言えねえんなら、俺が先に言っちまうぞ?」
「うるっさいっ! 言えるっての! 私が先に言う! あんたは後!」
「おう……じゃあ、ほら、言えよ」
「……」
「……頑張れ、大河」
「っ! ぅるあっ! 言ったらあっ! そこで耳かっぽじってよっく聞くがいい!」
「おまえよくそんなこと言えるな……」
「うっさいっ、竜児っ! いっ、いいいいつも、その、あっ、ありがと……」
「えっ? ……いや、そうじゃねえだろ」
「えぇ? なに? もっと、ちゃんとしろっての? うぐ……わ、わかったわよ!
 なによ、わ、私だってちゃんとお礼くらい言えるっての! なめんな!
 だからそのっ! き、きき聞いて、竜児……っ」
「た、大河。聞くけどよ、いやだからそうじゃ」
「い、いいいつも、その、や、優しくしてくれて、ありがと……だっ、だからその、ね?
 ま、毎日、朝、起こしてくれて、その、お、美味しい朝ごはん、作ってくれて、
 お、お弁当も、美味しくて、その、ば、晩ごはんも、美味しいものいっぱいで……
 えと、あと、っそう! こぼしたら、すぐ染みぬきしてくれて、えっと、あと……
 私がドジしたら……あっ! こ、転ばないように、助けてくれて……んと……待って、
 いっぱいあるの、まだいっぱい、嬉しいこと、楽しいこと、っそう! 悲しくて、
 私が泣いたりしたら、一生懸命、慰めてくれるの……お、怒ったら、止めてくれて……
 ど、どうしよ、まだいっぱい、あるはずなのに、ほ、ほんとに! いっぱい、
 いっぱい……なのに、わ、わた、し……」
「た、大河、泣くなよ、な? いや、だからさ」
「待って! うぐ……待って、竜児、い、言えるの! 言える、はずなの!
 い、言えないと、だめなの……なのに……駄目。もうさっきから、ひとつくらいしか、
 思い浮かばないの……同じことばかり、思っちゃうの……同じことしか、ひとつだけしか
 ……だから、もう、これ、しか……」
「た、大河……?」
「ん……竜児、竜児、竜児……っ。いつも、一緒にいてくれて、ありがと、竜児……
 私、嬉しいの……幸せ、なの……」
「大河……おう、どういたしまして。俺も、おまえと一緒にいれて、楽しいよ。嬉しいよ、
 大河……」
「りゅ、竜児……っ!」
「おう……あー……そこでだ、大河。俺はまことに言いにくいことを言わなくちゃならねえ」
「な、なに? なによ、言いにくいことって……。っ!? や、やだ! 竜児、どこか
 行っちゃうの!? いなくなっちゃうの!? や……いや、そんなの、急に、そんなの、
 いやっっっ! 駄目えぇ――――――――っっっ!! 一緒にいて! 置いてかないで!
 竜児っ、竜児っ! ずっと一緒にいてったら! あんた、ずっと一緒にいてくれるって、
 約束したじゃない! 竜とか、虎とか、言ったじゃない! やだ! ずっと一緒にいるの!
 いや! いや! やだよ、竜児、私、ずっと、一緒に、いるの……っ」
「っ落ち着け大河! どこにも行かねえし、置いていきもしねえって!?」
「っ!? ほ、ほんと? ほんと……? よ、よかった……」
「あー、しかしますます言いにくくなったぞこりゃ……なあ、大河、いいか、落ち着いて、
 今から俺が言うこと、よーく聞けよ」
「うんっ、うんっ」
「いいか。大河。おまえが、お礼を、言わなきゃいけねえのは、俺じゃ、ねえ」
「うんっ、うんっ……へっ?」
「おまえが、いやおまえと俺とが、お礼を言わなきゃいけねえのは、いっつも俺たちのこと
 見守ってくれてるすべての人たち、今この瞬間も、優しく微笑んで見てくれてるはずの、
 すべての人たちに、なんだよ……俺じゃあなくて」
「……すべ、ての……はあ!? なにあんた、騙したわけ!?」
「騙してねえ。ばっちりおまえの早とちり、ドジだ。ドジだおまえは。途方もないドジだ」
「うるっさいっ! あんたわかってたんでしょ!? なんで早く止めてくんなかったのよ!」
「止めようとしたよ!? おまえが無理くりぜんぶ言ったんだろが!?」
「うう、ちぐぞぉーっ……か、返せ! あんたにしたお礼、ぜんぶ返せ! てか嘘!
 あんなの、ずぅええええぇぇぇ……っんぶっ! 嘘! 嘘なんだから! ぜんぶナシ!」
「嘘なわけねえだろどうみても。あと返すわけがあるか。てか、いーやーだーねー。
 そうかそうか、おまえは日ごろ、そんなに俺のことを想ってくれていたのか。
 いやあ、ありがたい。ぜんぶまるごと、美味しく頂きました」
「っひ――――――っっっ! 死ぬ! 死んじゃう! 死んじゃうんだからっ!」
「こらこら、死ぬな死ぬな。死なない死なない。そんなに髪もわやくちゃにするな。
 さてと……というわけで、どう見てもいいものでした、本当にありがとうございました」
「あんた誰にお礼してんのよっっっ!?」


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