・拍手ありがとうございました。お礼に短いお話をプレゼント。
・実はショッピングセンターではもう二組、世界の境目を越えた出会いがあったのです。






「ゆうじょうのしるし」

 
 
 ルーセントベーカリーの「看板娘」にして一児の母、ソフィア・オーウェンは青ざめた。
 ホリデーシーズンの混雑の中、タイムセールの冷凍七面鳥を両手で抱えてショッピングカートに入れて、ふうっとひと息ついてから気付いた。
 息子の姿がこつ然と消えている!

「ディーン?」

 あの子ったら、またお菓子売り場をのぞきに行ったのね。自分に言い聞かせながら、お菓子売り場に移動する。カートを押す手が今にも震えそう。
 しかし、お菓子売り場にディーンの姿はなかった。アイスクリームのぎっしりつまった冷凍庫の前にも。カプセルトイのコーナーにも。店内に飾られたクリスマスツリーの根元にも。
 鹿の子色のくりくり頭の四歳児の姿はどこにもない。

「ディーン」

 もう、手の震えは抑え切れなかった。
(どうしよう、どうしよう)
 店内に流れるクリスマスソングが耳の奥で歪み、足元の床がぐるぐる回り始める。
(なぜ、アレックスがお休みの日まで待てなかったのだろう)
(ああ、こんな事なら無理せず、サリーかテリーに一緒に来てもらえば良かった!)

「ディーン、どこ? どこにいるの?」

 今にも叫び出しそう。落ち着いて、ソフィア。迷子センターに行かなくちゃ。
 カートにすがりつき、震える足を踏みしめ歩き出すと……いくらも経たないうちに、お仲間に出会った。
 スタンドカラーのロング丈チュニックにスリムタイプのスラックス、足元は革のブーツ。チュニックはサンドベージュと黒のバイカラー、スラックスはトップスと同系色のサンドベージュでブーツはキャメルブラウン。凛々しくもシックな装いに金髪をきりっと結い上げた若い女性が、血相を変えて走り回っていたのだ。

「ニコラ! ニコラ、どこにいるの! 返事をして、お願い!」

 よほど慌てているのだろう。店内の陳列棚の下やワゴンの中、果ては冷蔵庫の中までのぞきこんでいる。

「ニコラーっ」

 見かねてソフィアは彼女に声をかけた。

「あの、ひょっとしてあなたもどなたかお探し?」

 金髪の女性はびくっと肩を跳ねさせ、ぎくしゃくした動きで振り返る。不安に打ち震える青い瞳の奥に、ソフィアは自分と同じ光を見た。

「はい。妹とはぐれてしまって……」
「私もよ」
「え」
「私、息子を探しているの」
「何と!」

 がしっと彼女の手を握りしめた。あら、意外にたくましい。スポーツでもやっているのかしら

「一緒に、迷子センターに行きましょう!」
「はいっ、是非に!」

 同じ志の仲間を得た事で心強くなったのか、ソフィアは一気に落ち着きを取り戻した。
 迷子センターに行く間に名乗り合う。

「私はソフィアよ。ソフィア・オーウェン。あなたは?」
「レイラです。レイラ・ド・モレッティ」

 センターに着くと、あふれんばかりの包容力と共感を漂わせた中年の女性が応対してくれた。

「迷子をお探しですか?」
「はい」

 私のするようにやってね。レイラに囁いてからソフィアは進み出た。

「息子を探しています」
「息子さんのお名前は?」
「ディーンです。鹿の子色の短い巻き毛、瞳は鳶色」

 びっくりするほどすらすらと息子の特徴が出て来る。レイラの存在が予想以上に支えになってくれたようだ。

「年齢は四才、チョコレート色のコートを着ています。去年はネイビーブルーだったんですけど、衣替えの時着せてみたらすっかり小さくなっていて、それで」
「お母さん、お母さん」
「あ」

 かあっと頬が熱くなる。私ったら、関係ないことまでぺらぺらと。迷子係の女性はにっこりと、焼き立てのパンのようなあったかい笑顔で見守ってくれている。

「育ち盛りですからね」
「……はい」

 真っ赤になってうなずいて、自分の氏名を名乗ってからレイラと交代した。

「迷子をお探しですか?」
「はい。妹を探しているのです」
「妹さんのお名前は?」
「ニコラ」
「特徴は?」
「……可愛い」
「できればそれ以外も」
「…………すごく、可愛い」
「お姉さん。落ち着いて」

 やっぱり彼女も動揺してるらしい。

「金髪に青い瞳で、服装は藍色のケープに刺繍入りの肩掛鞄、髪の毛に水色のリボン」
「水色のリボン、ですね。年齢は?」
「十四才です」

 最後にレイラのフルネームを聞いてから、迷子係の女性は内線電話をかけた。短いやり取りの後、声をかけてくる。

「オーウェンさん、モレッティさん」
「はい」
「はいっ」
「……残念ながら、まだお二人とも保護されていないそうです」
「ああっ」

 レイラはばっと両手で顔を覆った。

「どうしよう、見知らぬ土地でたった一人でさまよっているのか。ああ、私の可愛い可愛いニコラ。あの時手を放しさえしなければっ」
「レイラさん、レイラさん」
「せめてチャージを使い切っていなければ、連絡することもできたのにっ」

(ああ、携帯の充電が切れてしまったのね)
 ソフィアはレイラの肩を手のひらで包み込んだ。
 どんなに心細いだろう。
 今の自分には、彼女の嘆きを大げさと笑うことなんて、とてもじゃないけどできなかった。

「大丈夫ですよ、すぐに呼び出してくれますからね」
「ソフィアさん……」
「じっとしてられないわよね。その気持ち、良くわかる。でも私たちが動いてしまったらすれ違ってしまうわ。今は待ちましょう」
「はいっ」

 十四才ならば、呼び出しのアナウンスを聞き取って自分の足でやって来る事もできるはず。
 だけど四才では……。
(ストップ、ストップ! 悪い方に考えてはだめっ)
 きゅっとレイラが手を握ってくれる。二人は見つめ合い、係員に薦められるまま椅子に腰を降ろした。

「コーヒーをどうぞ」
「ありがとうございます」
「かたじけない」

 不思議な事に、体が温まるとぎりぎり胸を斬り付ける鋭い痛みがやわらいだ。
 待つ身の不安を少しでもやわらげようと、二人は互いのことを話し合った。
 レイラは四人姉妹の二番目で、ニコラは末の妹だと言うこと。
 両親が忙しく、ほとんど自分たち姉妹で世話をしていたこと。小さい頃は体が弱く、四つの年から十二才になるまで、祖母の元で静養していた事……。

「わかっているはずなのに。つい、あの子がまだ四才の頃の小さいままのような気がしてしまって」

 うなずきながらソフィアは思わずにいられなかった。
(ああ、私もいつかこんな風に今日のことを思い出すのね)
 見た所、レイラは二十才くらいのようだ。六つも年下で、しかも自分たちが育てた末の妹が迷子になったのだ。取り乱すのも無理はない。

「ああ、私の可愛い可愛い可愛い可愛いニコラ……」

 何だか可愛いの回数が増えてるような気がしないでもないのだけれど。

      ※

 ディーン・オーウェンは四才。さすがにサンタは卒業した。彼にとってクリスマスプレゼントは、ツリーの根元に置かれるもの。パパとママと、お友達からもらうものなのだと理解していた。
 しかし、まだ妖精とドラゴンは信じていた。
 だからショッピングモールのクリスマスツリーのてっぺんにいる妖精を見つけた時、心が踊った。

 妖精の乗っかってるツリーはいくつも見たけれど、その妖精は今まで見た人形とは明らかにちがっていた。
 ふわふわの綿菓子のような金色の巻き毛。風船みたいにぽんっと膨らんだスカート。背中にはオレンジ色の羽根が四枚広がっている。蝶々の羽根に似てるけど、金魚のひれにも似ていた。
 今にも動きそうな妖精をじっと見つめていると……何てこと。ちっちゃなまぶたが下に降りて、また上がる。
 まばたきしてる!
(動いた!)
 妖精はきょろきょろと辺りを見回し、ディーンを見た。

「あっ」

 見られているのに気付いたのだろう。羽根を広げてふわりと飛び立つ。
 動いた。飛んだ。
(本物の妖精だ!)
 ディーンは夢中で走り出す。短い足を一生懸命動かしてちょこまかと、小刻みに突っ走る。
 くりくりの鹿の子色の頭があっと言う間にママから遠ざかり、人混みの中に紛れて消えた。全てはほんの短い間、ママが特売の冷凍の七面鳥を両手で抱えている間の出来事だった。

「待って、妖精、待って!」

 ちょこまかと走りに走っていると、急にどんっと誰かにぶつかった。

「あいたっ」
「きゃっ」

 ぺたんっと床に尻餅をつくディーンを、相手の人は慌てて引っ張り起こしてくれた。

「ごめんね、大丈夫?」
「うん、へーき!」

 金髪に水色のリボンを結んで、藍色のケープを着たお姉さんだった。胸につけた透き通った黄色いブローチから、にゅっと何かが顔をのぞかせる。

『だいじょうぶ?』
「あっ!」

 ほんものの、妖精!
 かぱっと開いたディーンの口を慌ててお姉さんがおさえる。

「しー、ね、しー!」
「う、うう?」

 その間に妖精はすーっとブローチの中にひっこんでしまう。
(すごい! あれは、もんすたーぼーるなんだ!)
 お姉さんはこほんっと咳払いをして、顔の手前でぴっと人さし指を立てる。

「この事は、二人の秘密ね。ひ、み、つ。OK?」

 ディーンは腕組みして考える。そうだ、妖精には秘密がつきものだった!

「OK、ひみつ!」

 お姉さんとぱちっと手のひらを打ち合わせてハイタッチ。力強く頷き合った。

「私はニコラ。あなたは?」
「ディーン!」
「ねえ、ねえ」
「ん、なぁに?」

 ディーンはくいくいっとニコラのケープの裾をひっぱった。聞きたい事がいっぱいあったのだ。ニコラが屈んで目線を合わせる。ディーンはよいしょっと背伸びして口元に手を当てて、小さな小さな声でささやいた。

「ニコラは妖精とお話できるの?」
「そうよ」
「すごい! coolだ!」
「そうね、この子は水の妖精だからひんやりしてるかも。氷の魔法も使えるし?」
「わお、すごい! 妖精さんと、ここで何してたの? お買い物?」
「ううん。私ね、姉さまをさがしていたの」

 ニコラは目を伏せてふっとため息をついた。

「うっかりはぐれてしまって……耳飾りの力も今日の分を使い切っちゃったから、連絡もとれないし」
「迷子?」
「うん、迷子。ディーンは何してたの?」
「ママとお買い物!」
「そう、楽しいね」
「うん!」
「でも……ママはどこ?」

 この時点でようやくディーンは気がついた。

「……ママがいない」
「ってことは私たち、二人とも迷子になっちゃったのね」
「うー」

 がくっとうなだれる。いつも買い物に来てるはずのショッピングモールが、いきなり何十倍にも広がったような気がした。楽しいはずのクリスマスの飾り付けさえ、不気味に思えてくる。
 いつもと違う。そのことが、怖い。

「どうしよう」

 手がつめたい。顔がつめたい。お腹がつめたい。くしゅくしゅと咽の奥がしょっぱくなる。
 鼻をすすり、がたがた震えてうずくまっていると、ぽんっとニコラの手が肩に乗せられる。
 あったかい。

「大丈夫よ、ディーン!」
「ふえ?」
「ディーンのママも、私の姉さまも、きっと探してるはず。大事なのは、私たちがここにいるって知らせる事よ!」

 言ってることはちょっぴり難しかったけど、ママが探してる。そのことは確かに伝わった。
 だから一生懸命、がまんした。今にもこぼれそうな涙をのみこもうとした。

「うん……」

 こくっとうなずく。優しい手のひらが髪の毛を撫でてくれた。それは、ママの手に比べて小さかったしパンのにおいもしなかった。けれど、あったかかった。

「えらいぞ、ディーン! そうだ、これ、あげる」

 手のひらに乗せられたのは、薄紫色のちっちゃなクッション。すべすべした布でできていて柔らかい。きれいな刺繍がしてある。

「かいでみて?」
「あ、いいにおいがする……」
「落ち着くでしょ?」
「うん」

 ニコラは嬉しそうにニコニコしている。

「それね、私が初めて作ったお守りなの。勇気が出ますようにって」
「おお!」

 ディーンは右手に持ったお守りを高々と掲げた。

「パワーを感じる!」
「そうでしょう、そうでしょう! ちゃんと聖印も刺繍したし、師匠が祝福してくれたのよ!」
「さんくす、ニコラ!」

 すごいものをもらった。これは、自分からも何かお返しをしなくちゃ。ディーンはコートのポケットに手をつっこんだ。指先にころんっと丸いものが触れる。

「ニコラ、これ、あげる!」
「わあ、きれいな球体。これ、何?」

 えっへんっとディーンは胸を張った。

「カプセルトイ! ゆうじょうのしるし!」
「友情の印ね! ありがとう!」

 二人は顔を見合わせ、笑み交わし、ぱちっと手のひらを打ち合わせた。
 と、その時だ。
 ディーンがぴくっと肩をふるわせた。

「どうしたの、ディーン?」
「呼ばれた!」
「えっ?」

 どこからともなく響く声は、確かに二人の名前を呼んでいた。

『ディーン・オーウェンくん、ニコラ・ド・モレッティさん、お家の方がお待ちです。お近くのレジか迷子センターまでおいでください……』

「ほんとだ! でもどこに行けばいいの?」

 ディーンはきょろきょろと周りを見回した。買い物をする人が並んでる場所があった。
 あれは知ってる、見た事がある。あそこでお金を払うんだ。

「あそこ!」

 二人はしっかり手をとりあって、レジに駆けて行く。

「あの!」
「はい、何かご用ですか?」
「ニコラ・ド・モレッティと」
「ディーン・オーウェンです! 四才です!」

 レジのお姉さんは一瞬首をかしげたけれど、すぐにわかってくれた。

「ああ! ちょっと待っててね、今、連絡するから」

 数分後。
 ディーンとニコラは無事、ママと姉さまと再会した。

「ニコラぁっ!」

 レイラは一目散に走り寄り、妹を抱きしめた。青い瞳が涙で潤む。

「良かった、良かった、心配したぞ……」
「ごめんね、姉さま。会いたかった……」
「私もだ、ニコラ!」

 ソフィアもまた、息子を抱きしめた。

「ディーン! 良かった。無事で良かった」
「ママ……」
「もう、一人でどこかに行っちゃだめよ?」
「うん、ごめんなさい」

     ※

「……って言う事があったの」
「それは、さぞ心細かったろうね」

 有能執事アレックス・オーウェンは、愛妻と息子の話を聞いて神妙にうなずいた。今、自宅のあたたかなリビングで家族三人、そろって座っていられる幸福に感謝し、改めて膝に乗せた息子を抱きしめる。

「ニコラといっしょだったから、こわくなかった!」
「そうか、ではそのニコラさんに感謝しなくてはね」
「私も、レイラさんが一緒だったから……一緒に心配して、悩んでくれる人がいるって、心強いことなのね」

 確かにその通りだ。

「二人とも他所の街から来たんですって。多分、観光ね。さよならを言ってからすぐ、人混みに紛れてしまって姿が見えなくなったの」
「ああ、無理もないね、ホリデーシーズンの混雑の中では」
「そうね。また会いたいわ。今度はゆっくりと……」

 ふとラベンダーの香りを嗅いだ。アレックスは周囲を見回し、すぐに出所を発見した。ディーンが薄紫色の袋を大事そうに手のひらに包み込み、しげしげと眺めている。表面には絡み合った蔦を意匠化した美しい刺繍が施されていた。蔦の描き出す円と楕円の連続が、ケルトの模様を思わせる。

「おや、それは何だい、ディーン?」
「ニコラからもらった」

 ディーンは得意げにラベンダーの匂い袋を高々と掲げた。

「ゆうじょうの、しるし!」

     ※

 アインヘイルダールの下町の薬草屋の主、フロウは首をかしげた。
 伯爵家の四の姫、押しかけ弟子のニコラが、見慣れぬ球体を大事そうに手のひらに乗せ、ころころ転がしている。大きさは卵ぐらいだろうか。上半分は透き通り、下半分は赤い。
 今までついぞ見た事のない変わった材質でできている。

「おや、ニコラ、どうしたんだいそいつは」
「ディーンにもらったの。カプセルトイ」
「ほう?」

 にっこりと四の姫ニコラはほほ笑んだ。

「ゆうじょうの、しるし!」

(ゆうじょうのしるし/了)

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