黒羽編


屋上に親父が助けた女の子がいるというので、俺はそっちへ向かった。

誰も知らない親父の最期を知っているのは彼女、葛西春奈という中学生の女の子だけだからだ。

しかし、彼女はショックからか、心に傷をおって、今はしゃべれる状態にないらしい。事件を思い出すような事はしゃべらない方がいいと、彼女を担当している医師に言われていた。

それでも姿を一目見たいと思い、屋上に来た俺はあたりを見回した。

「ハルちゃん、いい天気ねぇ。」

看護師の話している声が聞こえる。

いた。あの子だ。

その憂いを帯びた表情に俺は目を離せなかった。

看護師がハルちゃんハルちゃんと連呼しているが、当の本人には届いていないようだった。

君は、ちゃんとこの世界にいるのか?

君の目には何が映っているんだ?

君は空を見上げて、涙を一筋こぼした。

それで、つい、声をかけてしまったんだ。

「泣かないで…ハルちゃん」

何でハルちゃんなんて言ったのかわからない。

でも、彼女の泣いている顔を見るのは切なくて、俺はどうにか泣き止んで欲しくて…。

でもどうすることも出来ず、ベンチに座って空を見上げる。

切ないぐらいに、空が青い。

君の目にも僕の目にもこの空の色は悲しい色に見える。

これ以上この空を見上げたら、俺も泣き出してしまいそうで…。

そんな時、彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


ハルちゃん…。君には笑ってほしいよ。もう、泣かないで。

「泣かないで…。ハルちゃん。」

俺はこの瞬間恋に落ちたんだと思う。

君の為になにかしたくて、俺は医者になる決心をした。





「はぁ?今から医者を目指す?」

祐介が驚いた顔で俺を見る。

そして俺が冗談を言っているのでは無いとわかると、ニヤッと笑った。

「またしばらく一緒だな。」

祐介が笑う。

俺もつられて笑う。



親父が亡くなってから、たびたび俺の家に祐介が遊びにくるようになった。

こいつはこいつで俺の事を心配してくれているのかもしれない。

気恥ずかしいような、背中がくすぐったいような気持ちになる。

ありがとな、祐介。お前が友達で本当に俺はうれしいよ。

そんな事本人には口が裂けても言えないが、俺は心の中で祐介に感謝した。


急な進路変更だったが、もともと理系クラスにいた為、なんとか受験に間に合った。

合格発表の日。

俺は所用で発表を見に行く事ができなかった。後でネットで確認すればいいと思っていた。

そんな時、祐介からメールの着信があった。

『番号、あったぞ。』

第一志望は祐介と同じ大学だった。ついでに見てくれたんだ。

合格した実感がメールを通して溢れてきた。

と、感慨にふけっていたところ、携帯が鳴り、中断された。

は?祐介?

「黒ちゃーん。合格おめでとうー。」

こいつまた俺の事ちゃん付けで呼びやがって。

「ったく。電話してくるんだったら、メールいらないだろ?」

嬉しい気持ちを隠して悪態をつく。

「いいんだよ、こういうのは。これから6年間、また一緒だな。よろしくね、黒ちゃん。」

「黒ちゃんっていうな。」

そう言ってから、俺は一呼吸おいてクチを開いた。

「ありがとな。いろいろ。」

「はぁ?何、急に。わけわかんない。」

お互い気恥ずかしい気持ちで電話を切った。

ハルちゃん、今君は何をしてる?

どうか君が笑顔を取り戻していますように。

君にとって安らかな日が訪れていますように。

俺は携帯をしまい、歩き出した。



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